本日もご訪問ありがとうございます。
スタンリー・キューブリックという映画監督がありました。
『シャイニング』や『2001年 宇宙の旅』などを撮った監督として有名です。
この監督のすごいところは、非常に綺麗で藝術的な映像や画作りをするところだと個人的に思っています。本当に綺麗です。
そんな綺麗な映像を観たくて、他のキューブリック監督作を見ました。
『時計仕掛けのオレンジ』や『アイズ ワイド シャット』や『フルメタル・ジャケット』となど。
その中でも、『フルメタル・ジャケット』は好きではありません。
その理由は、こちら。
この『フルメタル・ジャケット』という作品がベトナム戰爭を舞台にしていて、この舞台設定や内容が、どうにも『戰爭を肯定している』ように見えて仕方がなかった為です。
映画のことを調べたところ、アメリカとイギリスの共作映画みたいです。
ですが、ベトナム戰爭にはイギリスは参加していなかったみたいです。
なぜ共作したのだろう?面白いですね。
『戰爭を肯定している』については、まぁそりゃあそうだろとも思います。
戰爭を始めた側が「ベトナム戰爭はしてはいけなかった。我々アメリカ側が間違っていた、行軍したアメリカ國民と被害を受けたベトナムの方にはお詫びの言葉もない」などと言った場合、実際に戰地に向かった人や戰線で身内を亡くした人、戰地で生活していた人達からすれば"ふざけるな"の言葉しかでないでしょうからね。
とはいえ、戰爭を是としているような描き方をしているのはどうかと思います。それは今でも。
そんな理由で、どうにも好きになれない、なんとも氣持ちが悪いと思っていたのですが、あの映画はそんな一方向的な理由で作られたわけではない。
最近、そのことに氣付きました。
あの作品は、ベトナム戰爭に行軍したアメリカ兵のケアも兼ねているんですね。
戰地でPTSDになった人、國の方針で生活がめちゃくちゃになった人のケアとしての映画作品だったのだな、と氣付きました。
「國の命令で戰地に赴いたけど、あの時はそれが正義と思っていたけど、自分たちがしていたことは本当に正しいことだったのだろうか」と思っているかつての兵士に対してのケア。
『正しいことだったんですよ』と言わないと、その人が救われない。
そのための映画でもあったのではないかと思いました。
『タクシードライバー』もベトナム戰爭から帰還した兵士のための作品ですもんね。
PTSDを負った人に対しての作品は必要。
確かに戰地になったベトナムからすれば「たまったもんじゃない」とは思うのでしょう。
ですが、時には嘘も、綺麗事を言わなきゃいけない場面もある。
嘘は大嫌いですけどね。
以前『ゲームで自己のトラウマをケアしている』というような内容を書きましたが、それと同じでしょう。
どうか辛苦で修羅な世界で生きる魂が、その重荷を降ろしますように。
ありがとうございました( ¨̮ )