頭の中の洪水

言葉に頼っているうちなのでまだまだです。

自信はない。事実がある。

 

本日もご訪問ありがとうございます。

 

わたくしごとで大変恐縮ですが、わたしはこの半年間爆裂に病んでおりました。

それはもう生きていない方がマシだと思うほど。

 

しかし『病んでいた』と書いている通り、つい先日にその憂鬱がなくなりました。

 

そのことについて、今回は記します。

 

 

とは言っても、大したことはしていないし、起こってもいません。

 

髪切った!

占いに行った!

なんか憑き物が取れた!

 

と、そんな感じです。

 

 

スピスピする〜しかな〜い

わたしはスピスピの類なので占いなども好きです。

以前、先輩が「自宅では人寂しさを紛らすためにYouTubeで占い動画を流している」と話していたのですが、ここ数年はわたしもそうです。

 

ですが、いわゆる占いの館に行き、鑑定を行ってもらったのは数年振りでした(十年近く振り?)。

 

「占いしてもらお」と思うにもきっかけがあり、そのきっかけがYoutubeの占いで聞いたことが当たった、からでした。

 

その当たった内容というのが『嫌い・苦手な人間がなんかしらんけどいなくなるよ』です。

上記を聞いた時は憂鬱真っ只中だったので「実際はないのだろうな」と思っておりました。

 

しかし、ある日労働先にて、非常に馬の合わなかった人間がご退職されるとのこと。

しかもその日がわたし自身との顔合わせ最終日(ガッツポーズ)。

 

「おや?」とは感じましたが、「まぁ偶然だろう」と思ってその時は終わりました。

 

 

また別の日。

 

わたしは占いジプシー的な感じになっているので(人寂しさの理由もある)、色々な動画を見ます。

ある日の動画で「綾波レイ…?じゃなくても、眼帯をした人を見たら〜」と占い師の方がお話されていました。

それを聞いた際、「いや〜そんなに眼帯している人なんて見ませんよ??」と思って、面白く持っていました。

 

その話を聞いた数日後、労働後帰宅していると、左方向から女性がわたしを横切る形で歩いてきました。

思わず目を疑ったのですが、その女性が眼帯をしていたのです。しかも右目。

 

流石に二度も占いの動画で発言していたことが起きると、「おや、なんだろうこれは」とは思います。

 

 

『おや?』と思った状態で『あなたに起こるすごいこと』的な内容の動画を見ました。

そちらでは「想いが報われるよ〜」や「めちゃくちゃ状況が好転するよ〜」と言われていましたが、その "きっかけ" として《「今の時代それ?!」みたいなヒョウ柄を見かける》というのが挙げられていました。

 

ヒョウ柄に関しては今現在見かけていませんが、『「今の時代それ?!」みたいなヒョウ柄』という言葉は耳にしました。

それを聞いたのが、先日行きました断髪にて、です。

 

 

念を断つ

先週の七月四日に髪を切りに行きました。

我ながら驚いたのですが、前回に切ったのが四月十八日だったので、実に二ヶ月半ぶりとなります。

 

前回髪を切った時も憂鬱真っ只中でしたが、憂鬱だったから髪を切らず期間が空いたというよりも、担当の美容師さんとの予定が合わないなど単純にタイミングが合わなかった感じです(もちろん理由として憂鬱があったとは思いますが)。

 

そんな二ヶ月半振りに髪を切った際に、髪の長さの話になり、こんな会話が起こりました。

 

わし「毛先が明るいんですけど、これって傷みですか?」

先方「いや、これは前に染めたやつの名残ですね〜」

わし「!」

先方「髪の毛って大体一ヶ月で1センチ伸びるので、一年で12センチって感じで。だから昔染めた子が残ってるんですよ」

わし「(なるほど、の顔)」

先方「だから女性は付き合ってる人と別れたらばっさりと髪切ったりするんです」

わし「相手がロングヘアが好きだったりして、それに合わせてて」

先方「そゆこと」

わし「髪の毛ってまんま人の念ですもんね」

先方「だから、今日髪切って嫌なことも落としちゃいましょ!」

 

 

髪の毛は念です。

言ってしまえば『生きてきた証明』とも表現ができます。

 

肌はターンオーバーなどがあるため、垢として表出、そして流れていきますが、髪の毛はその人自身が「切ろう」と思わないと切れることはそうそうありません。

 

正直、髪を切った程度で精神が上向きになるとは思っておりませんでした。

とはいえ、『髪の毛を切ろう』とは思えたので、まだ健康な精神状態ではあったのでしょう。

 

 

 

 

占いにて

YouTubeの動画にて得た不思議な出来事。

それによって、久しぶりに対面占いに行ってみようかしらと思い至りました。

 

で、以下は占いにて言われたことです。

 

  • 人氣者
  • 山の属性
  • 山の属性を二つも持っているから平地の人を導く人
  • 山の属性を持つ人は『山』という特性上、苦労する
  • 深夜に生まれている以上、精神的に向き合う人
  • 強い
  • モテる
  • 表現する人
  • 音樂はセンスでできる

 

などです。

 

山の属性なのですが、その特性があるために、あまり他の人と話が合わないことが多いそうです。

そして、山となるためには時間がかかる。時間がかかるということは天氣も変わるので、どうしてもいろいろな人生を生きる必要がある。

また『山に成るため』にはいろいろな土や砂、死骸が必要となります。そのために苦しむ。

 

これを言われて、今思うのは「だからなのか」というところです。

 

 

自分でも辛苦の少なくない人生だったと思います。

これまで書いてきた過去の記事をお読みいただいている方ならばご存知かもしれませんが、わたしの意見はなかなか他の人の意見とは一線を画しています。

『一線を画している』ということは、《理解者が得られにくい》ということでもあると感じます。

【自分が思ったこと】を話しても「はぁ〜何言ってんの意味ふめ」という反応をされたことも少なくないです。

 

それも生まれに起因していると知り、なんというのか肩の荷が下りた感覺があったのですね(『呪い』とも取れるけど)。

 

 

また【強い】について。

わたしとしては自身を強いとは思っていない(できる」し「そうするしかなかった」のだから)のですが、思い返してみれば『憂鬱の理由を一つ一つ見つめて、ケアして一つずつ理由を潰していき、自分自身を癒す』なんてそうそうできないのかもしれません。

 

カウンセラーの方に話したところで、自分が欲しい言葉をくれるわけではないのですし、"【自分が欲しい言葉】が分かっている" のならば自分自身でカウンセリングした方が早い。

そうするしかなかった、というのがわたし自身の意見ですが、もしかしたらこれをできる人って少ないのかもしれません(実際に行うと「死んだ方がまし」と思うほどしんどいことでもあるし)。

 

あとはわたしは『自分が考えていること』を内觀することをよくしているのですが(あの時のあれで傷ついたのはなぜか。それはこういった理由で、こうして欲しかったから。でもそれをしなかったという自分にも非はある。など)、それすらももしかしたら他の人にはできないのか?と思ったりもします。

 

でも実際に『自分自身を正面から見つめる』というのはそう易々とできる人は少ないのかもしれません。

人間誰でも「自分は正しい。間違っていない」と思いたいものですしね。

 

 

 

『表現する人』についてなのですが、「あなた自身が歌う、というよりも作曲したい人ですね」と言われ、その通りなので驚きました。

わたしの曲はわたしで歌っていますが、それは歌う人がいないからに他なりませんし、上手でもない歌を自分で歌うよりも歌が上手い人に歌ってもらった方が確実に良いし。


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また『音樂はセンスでできる』について。

鑑定にて言われたことを要約すると、以下です。

「センスで曲を作ることができる人だけど、センスだけで日の目を見ると一発屋になってしまうから、長く注目されるために下積みという形で苦労する必要がある。それが今」

 

 

 

 

しかし、『モテる人』は本当に言われますね。

わたし本人はよくわかりません。

わたし自身はモテてはいないと思いますが、もし好意を寄せていただいていた方がいらしたならばその方に申し訳ないので、『モテない』とは言えませんね。

あと別にモテたくもないし。

 

 

自信はない。事実がある。

さて、そんな占い鑑定が終わった後に、Tully's Coffee様にて読書をし、帰宅しました。

 

そして数時間過ごすとなんだか氣分が軽くなっていました。

 

鏡を見てみても明らかに表情が違います。

まさに『憑き物が取れた』という表現がぴったりな印象です。

 

 

また、考え方にも変化がありました。

半年続いた憂鬱の原因・理由として「他者から認められないから」というものがあったのですが、今考えたら「は〜ァ?なんで他人なんてものに認められないといけないと思ってんの?アホちゃう?」です。

 

しょうもない他人に言われたことじゃなくて、自分がどう思っているか、でしかないのに、どうして他人の言葉を正しいものだと思ってんだよ。

 

どうして他人なんぞに配慮して無能なフリをしないといけないんだよ。

 

これまで『他人は敵』だと思っていたのですが、敵ですらありませんでした。

【取るに足らない存在】です。

 

敵は血に潜んでる。


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えらい変わりようですよね。

正直自分でもこんなにいきなりぱっきり変わったのが不思議でしかありません。

 

 

 

上記を見て「すごい自信だな」と思う方がいらっしゃるでしょう。

しかし、わたし自身としては『自信』ではありません。

 

あるのは【事実】です。

 

『自分が存在している、自分は他に類を見ない最高な存在』という【事実】があるだけなのだから、「信じる」必要なくない?

というより「信じる」ってことは『そもそも自分のことを良いと認められていない』ということなんじゃない?

 

これからは、ぶっちぎり、です。

 

 

時間の問題

わたしはやりたいことがあります。

端的に言えば、それは音樂やらの表現にて認知され飯を食うことですが、正直時間の問題だろうな、と思っています。

それは《広く認知されるまで》です。

 

「いつまでにしないといけない」「いくつだと不可能」なんてのは自分自身が作った自分を殺す言葉です。

なので、そんな莫迦は踏みません。

 

 

そして、認知をされるまでは『やることをやってたらいい』のだと思います。

〈やること〉とは【曲作り】であり【自分自身との切磋琢磨】です。

 

ま、たとえ認知されなかったとしても自分が存在しているんだから世界にとって莫大な財産でしょ。

 

 

 

今回わかった、憂鬱に落ちた理由

さて、以上がこの数日での変化でした。

 

一切空。

 

てめえが世界をどう觀るか、でしかありません。

だからこそ『敵は血に潜んでる』なのです。

 

 

ところで、この半年間深い深い憂鬱に沈んでいた理由。

それが昨日判明したように感じます。

 

それは『自分自身の価値を他人に任せようとした』からなのであろうと思います。

 

別な表現をすれば、『人間になろうとしたから』です。

 

 

 

どうぞ、ご自由にお生きなさってください。

この世界はあなた様のもの。

この世界を觀るのはあなた様ご自身です( ¨̮ )

 

 

空!

 

 

 

ありがとうございました( ¨̮ )