梵我一如を考えていたら、「人間は『生死』を一つの単位」として捉えているから人間という精神体にとどまっているのではないか?と思った。
生物が死んだところでそれは大きな流れの一端である。
とすれば、生死というものはただの解釈であって、全てではない。
ならば〈生死〉ってのは∞である。循環の一部であるから、終わりとかじゃない。
つうことは〈生死〉は無限であり夢幻ってことになりますかね。
しーらね。
梵我一如を考えていたら、「人間は『生死』を一つの単位」として捉えているから人間という精神体にとどまっているのではないか?と思った。
生物が死んだところでそれは大きな流れの一端である。
とすれば、生死というものはただの解釈であって、全てではない。
ならば〈生死〉ってのは∞である。循環の一部であるから、終わりとかじゃない。
つうことは〈生死〉は無限であり夢幻ってことになりますかね。
しーらね。