頭の中の洪水

観察と思考と分析の日記ですよってね。たまに思想家が顔出します。よってね。

頼もしいじゃん。ある意味どう生きたって肯定されるんだぜ

 

本日もご訪問ありがとうございます。

 

 

 

わたしは普段『神』だの『死』だのを言及した記事を書いています。

書いている当人は全く意識しておりませんですが、もしかしたら「宗教くさいなあ」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。

 

わたくし当人としては〈哲學〉的な意識で考えているからです。

 

そんなわたしですが、〈哲學〉と正面から相対して物事を考えたことはありませんでした。

 

と、いうことで、今回の内容は「めっちゃ哲學的なことを書いてみよう」の回です。

 

記事の主題は《なぜ生きるのか》と《なぜ生きないといけないのか》です。

 

先日書いた記事で触れていた内容ですね。

floodinhead.hatenablog.com

 

 

ちなみにこの記事は当ブログで初めての有料記事です。

 

えぇ、そうでしょう。

どこのお馬さんの面の皮も分からない人間の、もしかしたら人間ではないかも知れない思念体の、齢ハーフ還暦超えた程度の若造の考えなどにお金を使うべきではないというお考え。

 

わたしのブログは『あくまでも暇つぶしで消費するものであるから、わざわざ大事なお金を払ってまで読むものではない』という認識の方もいらっしゃるでしょうし、むしろそんな方の方が多いのではないかと感じます。

実際、わたし自身にも同じような姿勢で娯しんでいる娯樂がありますしね。

 

なので、結論だけは書きます。

というよりも《なぜ生きるのか》に対しての答え・結論ではなく、結論の先にある『ならばどのように生きたらいいのか』を書くだけに留めます。

 

しかし結論だけ知っても意味はないです。

〈その結論に至るまでに思考した過程〉の部分が重要ですからね。

『人生は要約できない』と表現されていたのと同じですね。

 

結論だけを受け売りで他人に話したとて『受け売りの話しかできない薄っぺらい人間』と受け取られるだけですしね。

 

さてその【結論】の先、つまり『どのように生きたらいいのか』ですが、それは「ただ思うままに生きたらいい。悩んで、もがいていれば尚良い」です。

いかがでしょうか。

上記を見てご自身なりの考えで結論を導き出すのも良いかも知れませんね。

 

 

「 『思うままに生きろ』ってことは犯罪も許容するのか」というご意見をいただきそうですが、それについては条件付きで『はい・Yes』と返答します。

犯罪については〈そうするしかなかった場合〉や〈行為自体を悔いている〉状況などの場合でのみ、許容するという姿勢です。

 

嬉々として犯罪行為を行なっていたり、人様を騙くらかした内容をさも武勇伝の如く話しているような輩は駄目です。

しかし、そういった輩も結局は反面教師という形で肯定されるのですけどね。

 

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