───ちゃんと大衆受けする氣なくて安心した。
本日もご訪問ありがとうございます。
ついに!!ついに発売いたしました八十八ヶ所巡礼さんのNew Album!!!
『八+九』です!!!!

もちろんCDで買いましたよ。

今日日発売日前日に購入する、俗に言うフライングゲットをする作品なんてそうそうないですが、そのそうそうないフライングゲットする作品のうちの一つですよ。
多くの貴様らの皆様も「SOSO ワカルヨ」と共感されていることでしょう。
👇八十八ヶ所巡礼についての👇
まえおき
ちなみに新譜の発売が発表された後に新アルバムの概要を予想していたりしました。
結果は大外れだったのでわたしはギャンブルに向いていないのでしょう。
しません。たぶん。
まえがき
この記事の冒頭を見て少しM. O. 8っとされた方もいらっしゃるのではないかと思われます。
『大衆受けする氣なくて安心した』
実はわたし今回のアルバム、期待をしていないというと語弊がありますがある危惧をしていたのですね。
その危惧とは「なんか大衆受け狙って過去作よりも内容が薄くなるんじゃないかしら」です。
昨年2024年5月には日比谷野外大音楽堂にて公演を行い、各種フェスにも出演し今年2025年の始めにはZepp Shinjukuでも公演をしたじゃないですか。
これって明らかに新規貴様ら層を得ているからこそ成せることではありますが、新作アルバムともなれば新規層に向けての名刺としての役割もあるわけじゃないですか。
八十八ヶ所巡礼というバンドを知らない新規の人にも良さを伝えないといけない=バンドの良さが半減する?と短絡的思考で思っていたのです。
そのため、正直毎LIVEレポートを行うマイライフや各音源のレビューを行うMy Lifeも熱が下がっていたというのか。
今作については「感想、聴いてから書きたいところがあれば書こうかなー」くらいに思っていました(LIVEレポートとかってそもそも自己満足でやってたわけだしね)。
そして蓋を開け皐月初日 -TSUITACHI- 。
日々の辛い労働をシバき、なんだかんだで湧く湧くしながら浮き揚々と盤を買って音のふるえに耳をもたれさせたら、、、
めっっっっっっっっちゃええやん!!!
思わずわたしの中の清水誠さんが存在感を増してにっこりです。
なぁ〜にが『感想、思うところがあれば書こうかなー』じゃあ阿保、めちゃくちゃに書きたいこと満載じゃわ。
ということで、ファンの贔屓目抜きに今年ベスト級の作品、感想を書いていきまーす。
あ、狂ったファンの一解釈・一妄言ということは念頭に置いておいてね♡
仏滅SIDE
脳騒曲
イントロ終わりでマーガレット廣井さんのスラップベースが轟くPVサイズです(やった!!)。
前奏などでのフレーズで四弦開放のEが「ブブブブ」と鳴らされますが、ここの暴れ具合が良い。めっちゃ好き。
続く「ブゥ〜ン」というダブルストップ(同時に二つの音を鳴らす奏法)の音とも相まって四弦開放の音の暴れ具合が際立っていますね。
好き。
順風満帆な日々が超欲しい
けれど
愛想笑いすぎて顔が忙しい
さらに煩悩情報局の甘い囁き
強烈に面倒くせえこと
山積みのまま散る
戦争激闘派の近所友達
ーーーーーーーー
涅槃寂静!かしこ!
愚直なラプソディ!
現代人を風刺した曲です。
歌い出しでは「順風満帆な日々が超欲しい けれど 愛想笑いすぎて顔が忙しい」とあり、『自分の心のままに生きる』そんな素晴らしい日々が欲しいけど、現実はそんなに甘くはなく、"普通" とは違う行動を少しでも取ろうものなら健常者(であると自らを信じて疑わない大きな一派)達に嬉々として異端審問にかけられる。
その常時行われている相互監視をやり過ごす手段が愛想笑いですが、やっぱり愛想笑いと心の底からの笑みとは根っこが違うもんで疲れますよね。
しかもそのうえ「さらに煩悩情報局の甘い囁き」で忙殺される。
煩悩情報局とは端的に言って いんたねっとやら報道やらをひっくるめた情報たちでしょう。
「ニホンオオカミが実は絶滅していませんでした」よりも「万引きを繰り返していた愉快犯が捕まりました」というように良い印象の内容より悪い印象を受ける内容の方が人々の興味を引くのは様々な研究から明らかになっていることです(『洗脳』のDOGMAさんverseのような氣分)。
しかしこれは人間という生物が生存していくために必要な動物としての本能・習性です。
ですので悪い印象の記事に興味を惹かれるのは悪いことではないとしても、そればかりに煩悩を割かれるというのは非常にもったいないことじゃないかと感じます。
わたし自身、最近前以上に惡魔のYouTube Shortsに時間を吸われている自覺があって改めないといけないなと非常に危惧しております。
もっとギターを弾きたいんだよな。順風満帆なギターを弾きたい。
そのような煩悩情報局がビビビと発信する特殊な電波と即物的インスタントな情報ばかりを摂取していると、ふと自らの足跡を振り返った時に碌な人生じゃねえと思いかねない。
かといってインスタントな情報ばかり提供するくせして、やれ『貯蓄は二千万圓ないとだめだ蓄えておけ』だ『増税だ増税だ政府に政府に納めろ國を肥やせ』だ『NISA…』だとかといった「強烈に面倒くせえこと」を強いてくるわけですよ(國家は『國家を維持させること』が最優先事項みたいだから、ある意味では健康的な代謝だとも言えるんだろうけど)。
MA~JIやりきれねえよな。
そしてそういった面倒くさいことを山積みにしたままおっ死んで「もっと心のまま順風満帆に生きたらよかったな」と後悔するんです。
そういった声を冥土からぽわぽわ綿毛にするんです。
したくないですね〜やだやだ。
・山積みのまま散る
ところで音源が最初に発表された時は「山積みのままチル」だと思っておりました。
チルはHIP HOP用語で落ち着くといったような意味合いだと認識しているのですが、配信時点では「強烈に面倒くせえことを山積みのまま知らんぷりのぷり。放置〜」という政治家ちっくな後回し精神だと解釈していましたが、実際には『散る』だったので一生を終えるという解釈の方が正しいのかなと思っております。
・戦争激闘派の近所友達
これはいわゆる "普通" 論爭でしょうかなと思います。
つい先日 村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を読んだのですが、自らを正しいと信じて疑わない方って自分と違う価値觀の方を「それって変じゃない?」とすぐに裁判しようとする傾向にあると思うんですね(わたしの偏見が多分に含まれていることは自覺しつつ)。
そのような「わたしは人畜無害です」という表情をしながらもその実かなり激闘派で、機会があれば言い負かそうと画策している様、そのような意見交換している状況とわたしは解釈します(わたしの偏見が多分に含まれていることは自覺しつつ)。
他の解釈でいうならば多様性だなんだのアレとかですかね。
多様性を謳っておりながら〈多様性を認めない人〉に対して寛容ではなく、見つけ次第矯正して差し上げようとご苦心されているように感ずるあれです。
《多様性》という考え方に対して単一的な見方だけをしている、というやつです。
所詮は流行りの価値觀に同調してるだけだってのに。
ところで「多様性を礼賛すべき」みたいな価値觀って、確かに全体主義的でもあるな。と思いました。
涅槃寂静!かしこ!
愚直なラプソディ!
【涅槃寂静】とは『全ての煩悩がなくなった静かな場所。悟りの境地』という意味合いだそうです。
【かしこ】は女性が手紙を終える際に用いる言葉らしいのですが、ここでこの曲の主人公が女性であることが判明します。
まぁね〜確かに男性社会よりも女性社会の方が協調を重視しますし重視させられますからね〜。
そりゃ愛想笑いばっかりで顔が忙しくて疲れちゃいますよね。
【愚直】は『正直でいちず』なこと。
【ラプソディ】と聞くと薄識なわたしは『Bohemian Rhapsody』と『Rhapsody In Blue』しか思い浮かびません。
【ラプソディ】の意味は『自由形の樂曲』みたいな感じです。
つまり正直で一途なわたしの人生!という意味合いであろうかなと考えます。
まさかの人生賛歌だった。
YAOYOROZ
マーガレット廣井さんによるゲインを上げたクリーンサウンドのバチッ!と鉄っぽいスラップベースが特徴的な曲。鉄っぽくありながらもフラットワウンド弦のような滑らかさも感じます。
この音好きっす。
八十八ヶ所巡礼さんの音源にしてはベースの音が小さめ?に思いますね。一歩下がっている印象があります。
わたしはベースのことは門外漢ですが、この音ってWawrickの音っぽいと感じます(PVで使っている竿ってWarwickっぽいけど、もしかして左利き用のCorvetteをヘッドレスにして右利き用として使ってる?どんなジミヘン??変態か???)。
レコーディングもPVの竿を使っているのでしょうか。
そういえば『泥春』のPVではSpectorのホーン部分を切り落としておりましたが、あれは演奏面で邪魔だったからとかじゃないんですかね?
まさかのデザイン性?
マーガレット廣井さんご本人が「演奏しにくいから切り落とした」みたいなことおっしゃっていたような氣がするんだけどなぁ。
この曲はギャンブルSONG、特にパチパチ系のことを歌っている曲ですが、Katzuya Shimizuさんのギターが忙しないと感じるのはパチパチのスロットが回る様子を表現してたりするのかしら?などと考えたりしました。
ご機嫌よう!! 世界HEIWA!
激アツな銀の収穫祭
極楽ゆきのHELL ZONE並んでる
ギャンブルに巻き込まれて帝釈天のお家飾りになるだけだぜ、、、俺たちなんてな、、、。
って感じの曲であると解釈しました。
ご機嫌よう!! 世界HEIWA!
HEIWAってパチンコ台のメーカーなんですね。。
パチンコ・パチスロがあれば、自分の世界はご機嫌でHEIWAだぜ!ってこと?
歌詞では『銀の収穫祭』と記載されておりますが、音源ではどうにも「きん」と発声しているように聴こえます。
これはPVのようなスロットであってもパチンコであっても用いるのは銀色をしていて、それが多くあると換金具合が変化する。
物としては銀色だけど、実質的な意識的意味合い(人間の信仰的思い込み)では金色だから「きん」と発音している、ということなのでしょうか。
・極楽ゆきのHELL ZONE並んでる
これめちゃくちゃ皮肉が効いていて面白いです。
・大収穫祭になったら極樂だけど、そうなる確率は低いから本当はHELL ZONEだよ。
・ギャンブルしている時の脳汁JOVE JOVE状態を極樂と形容してそれを渇望している状態をHELL ZONEと表現している。
というように、少なくとも二つの意味として取れます。
ギャンブルはしたことがないですが、するもんじゃねえな。。。と思います。
この曲で『哀戦士』という言葉が出てきます。
『哀戦士』とは機動戦士ガンダムの用語ですが、やっぱりマーガレット廣井さんはガンダムを履修済みなんじゃないのか。
と、以前も書いたのですが、その記事を見たと仮定した都合の良いファン根性的見解でマーガレット廣井さんが頭の狂ったファンへのリップサービスをしてくれたのだ!と都合よく思おう。
不狂音
色即是空SONG
そして合唱曲。
全國中學校合唱コンクールの課題曲になってもなんら問題ないね!
勝手にKatzuya Shimizuさんのルーツミュージック的な印象を受けました。
'80年代のハードロック的というか。
でもTwisted Sistersさんのような西海岸ハードロック、LAメタルではありません。
あと個人的にMUCCさんっぽいなとも思いました。
メロディーワークが似ていた。
メロディーワークでいうと、この曲は和音階の曲ですがそれが故か『荒城の月』や『月の砂漠』を思い出します。
前奏やエンディングで演奏されている休符を交えたフレーズパターンが八十八ヶ所巡礼というバンド的には新しいアプローチに感じ、新鮮さを覺えます。
ちょう〜〜〜〜〜〜〜勝手な印象ですが、休符や拍の捉え方にピアニストのまらしぃさんを思い出しました。
『不狂音』をピアノアレンジしたら結構映えると思う。ピアニスト貴様らさんいかがですか(丸投げ)。
ピアノといえば合唱がありますが、やっぱりコンクールの課題曲にしよう(倒錯)(酩酊)(昏倒)。
歌い出しから全編を通して歌のトラックが重ねられており、位相(音の波形)が違うためのコーラス感が印象深く、エフェクト効果のChorusという意味合いからもその耳触りにより印象に残る方が多いのではないでしょうか。
といった觀点からみたら、バンド的にはこの曲を聴かせたいのだろうか、という邪推も存在感を露わにします。
意味の虚ろな娑婆よ 闇に磔く太陽
記憶弄り見失う垂乳根
引き裂かれる八正道
ーーーーーーーー
滅尽定 色の無い色の夢幻泡影
濁りない 不狂の音を 掲げて光る
・意味の虚ろな娑婆よ 闇に磔く太陽
苦しみが多く "意味" とされていることも実感の薄い世界で、闇の娑婆で宗教として崇められている蒙昧な世界。
「張り付く」ではなく「磔く」と表現されているためわたしはどうしてもイエス・キリスト氏を想起してしまいます。
多くの日本人はイエス氏の誕生日を師走の廿五日だと認識していますが、実際には太陽神ミトラスの誕生日が師走の二十五日らしいんですね。
キリスト教という宗教が布教され勢力を強めていくに従って、首をすげ替えるようにイエス氏の誕生日を師走の二十五日に定めたという形なのだそうです。
そういった侵攻は宗教というものの特性上よくあることだと思いますので(ヒンドゥー教の成り立ちにも似た部分がある)、別にまあなんとも思いませんが、『意味の虚ろな娑婆』も意味が通じますし嘘という闇の世界で信仰される存在を太陽と形容することもあるかな、なんて思います(光は対象を照らして浮かび上がらせますが、〈意味が虚ろな娑婆〉では「太陽が照らすものが正しい」という認識に陥っているという解釈もできます。そうすると【太陽】とはテレビジョンだったりとか報道だとかの刷り込みを指しているのかとも解釈が可能です。
もしかしたら磔刑されたのも別な古代宗教の神かもしれませんしね。
正直なんもわからんので三文記事的な憶測だと思ってください。
Yesさんの『Everydays』の間奏ってなんかどっかで聴いたことあるんだよな〜と思っていたのですが、Gustav Holst氏の組曲『惑星』の中の『木星』ですね。超有名なテーマの前にある部分です。
個人的に2nd Albumの『Time And A Word』って結構好きです。
余談 of 余談。
・記憶弄り見失う垂乳根
わからん。
上記した宗教のすげ替えのことを言っているのなら "記録" になるし、垂乳根のことがマリアさんのことだったとしても、見失うの意味が通らないんです。
「たらちね」と聞いて、わたしは落語を思い浮かべたのですがそれも関係なさそう?に思うし。
あ、記録を重要視しすぎて自分の記憶が曖昧になる→自分が生まれてきた母胎や原体験を忘れる→ "目に見えて" 価値のあることだけを重要視するから先祖供養を疎かにしている。という意味とも取れるか?
ただ、引き裂かれる八正道については『正しく信じないと涅槃はできないぜ』という意味で解釈できます。しかしそう解釈できるからこそ逆に非常に難解となるのです。
米 一応釈明しておきますが、「キリスト教は邪教だぜ」なんてことを言いたいわけではありませんよ。
滅尽定 色の無い色の夢幻泡影
濁りない 不狂の音を 掲げて光る
この曲は本当に難解です。
【滅尽定】は『こころの働きが全て喪失した瞑想』という意味だそうですが、これはいわゆる現代人が好んで用いている〈虚無〉というやつか?
『色の無い色』とは色即是空のことであると思われ、ないものをあると思わされて儚い。
無常を無常と思わず生きるは、それすなわち囚われの意識である…。。と悲觀的な意味合いとしてとってみたけど、逆か?
「なににも惑わされることのない状態」で〈色即是空だと思わされている〉ことすらも実体なんてなくて、その境地に行けば純粋な音を奏でる(生を送る)ことができる、ということ?
最初は短絡的に人種差別だとかそこらへんのことに対しての言及かと思ったけど、惑わされることなく真摯に精進しろって意味なのかもしれない。
今作随一で読み解くのが難しい。
やってる意味のないことが大切。
この曲は『不狂音』という題名ですが、これって平均律と純正律のことも言及しているのか?とか思ったけど、多分めちゃめちゃ考えすぎ。
近頃どうしてる?
配信版とミックス具合変えてる?
やっぱり木魚の音鳴ってるよね?(Clave Blockの音にしてはポクポクしすぎてると思うんだよな)
個人的な印象ですが配信版よりも秋の風的な感覺というか儚さというか流動を感じます。
遠くなって逝く
ずっと側に有るものさえ
忘れて
ーーーーーーーー
怖くなって逝く
そっと頬を撫でる風にさえ
怯えて
遠く鳴っている
もっと側に有る奈落と
踊ろう
現代人はいんたねっととずっと繋がっています。
それは良い面もありますが、あまり好意的ではない面も多くあります。
「うら若き多感な少年少女が精神的苦痛を強く感じている」と報道されてしばらくの時間が経ちましたが、その理由・原因も『自らの生活圏外の様子が見えるからではないか』と言及されております。
現代のいんたねっとやすまっとほん、SNSとかっていうのはギャンブル的な刺激構造で造られているそうで、つまりは依存性が高いです(YAOYOROZ...)。
いんたねっと・すまっとほん・SNSは遠くのものごとを身近に感じることができますが、依存する可能性が格別に高く(正直現代人のほとんどがギャンブル依存と同じ状況であろうと思われます)、そうなると手の届く生活圏に目が行きにくくなります。
そんな意識幽行をしている現代人に対して「近頃、身の回りでなんかあった?」と語りかけているのか?と推察したりしてます。
「近頃どうしてる?」と口にしている存在が「誰か」や、「どういう立場か」などは私の力が及ばず不明ですが、少なくとも好意的ではあると思います。
「生活圏内由来の奈落なら、どうにかやりようがあるかもしれないじゃん」
という短絡的な解釈もあり。
The WhoのPete Townshend氏が口にした(らしい)名言で「ロックは問題を解決したりなんかしねえよ。問題を抱えたまま踊る方法を教えてくれるだけだ(意訳)」というものがありますが、「もっと側に有る奈落と踊ろう」というのはそれのことなのだろうか。とかも思う。
幽光
曲が流れ、幽かな風景が脳のスクリーンに浮かびました。
その風景にかかった霧のような膜を慎重に取り払っていくと、そこは、高速道路を走る車の中でした。
あ、J-WAVE系だ。
八十八ヶ所巡礼的J-WAVEアプローチだ。
個人的に想起したのはIndigo la EndさんやSuchmosさんです。
確かこの曲はKenzoooooooooさんがなるべく三点(バスドラム・スネアドラム・ハイハット)だけでアプローチを頑張った曲ですよね。
その氣合いが音にも篭っているように感じます。
すげータイト。
タイトなドラムといえば『PALAMA・JIPANG』が印象的ですが、それともまた違ったタイトさです。
『PALAMA・JIPANG』は起き上がり小法師やサンドバックスタンド的なタイト、つまり動きはするけど根っこは動いていないという印象のタイトですが『幽光』は棒が倒れないように精神集中をするってな感じのタイトなんですよね。
"自律のタイト" って感じでしょうか。
エンディングのギターの音がとても好き。
サビの歌もエフェクトに思わせといて実は複数のトラックを重ねてるのも綺麗。
こちらの曲を初めて聴いたのはZepp Shinjukuの『新曲召喚祭2024 FINAL!!』公演です。
その時は「なんだか暗い曲だなぁ」という印象だったのですが、いざ音源を聴いてみれば、明るくはないも明るい場所に行くためにもがいている様がありました。
なので明るい曲となります。
どうして? 有るもの 無いもの 視えるもの
視えぬもの 争い合うのでしょう?
どうして? 有るもの 無いもの 視えるもの
視えぬもの 争い合うのでしょう?
生物には目があったりします。
目というもので視認できるが故に、人間という生物には目に視えるものこそ正しいとする〈ある種のカルト的価値觀〉があります。
が、國境といったような人間が勝手に決めたものでも争ったりします。
國境は人間が勝手に持ち出した価値觀です。
それこそ『脳の王国』で言及されていた「名前の無いモノに勝手に名前をつけた」の典型です。
視えるものを唯一の価値基準としているように感じる方々が國境とかなどの目に視えないもので、どうして争うのでしょうね。と言及している曲のように、わたしには思えます。
音樂を構成している音も目に見えませんし、匂いも目に見えません。
こう言うと「匂いは極小の粒子で実在しているんだよ、目に見えないだけで。音も空間っていう物質を震わせてんだよ。科學ってやつで証明しているんだよ」と反論(詭弁)をいただくのではないかなと思いますが、論点は『目に視えるか』ですからね。
論点をずらすんじゃねえ。だとしたらお前が信じてるのは〈目に視えるか〉じゃなくて〈科學的論拠〉という宗教だろうが。とむかむかしてきますが、今回はそういった日頃の愚痴をぶちまける記事ではありません。
以前にマーガレット廣井さんも「音って目に視えないけど、大事じゃん。音があるから貴様らを樂しませたりできるんだし」と口にしておりました。
この一連の愚痴でわたしが言いたいのは、『《一つだけの価値觀が正しい》なんてことはありえない』ということです。
しかも、『《一つだけの価値觀が正しい》なんてことはありえない』という考え方も正しいとは言い難いと思いますので、どうぞご自身で価値觀を醸造してくださいな。
個人の価値觀をまとめることが醸造であるなら、各々の価値觀を話し合うのは呑み会と一緒だな( ¨̮ )
しかし『涙で酒を割って弔った』っていい言葉だな。
この曲によりわたしにとって【仏滅SIDE】はラジオの印象に占拠されます。
結構本氣でそうなのですが、これは決してお笑いにしたいわけではありません。これも本氣です。
そのラジオはセンスの尖ったアンテナ感度激烈高い人はみんな聴いている類のものですからね!!
因素音①
最初の印象は「Yesっぽいな」でした。
と同時にRoy Buchanan氏の『Thank You Lord』のイントロもちょっと思い浮かびました。
インスト音源は永劫回帰作品であり色即是空アルバムでもある『日本』に収録されている『亡月亡日』以来となりますが、当然のことながら曲の印象が全然違っています。
すげー烏滸がましい表現を許していただけるなら、バンドとして成長したというのか。
『亡月亡日』は良くも悪くも各々が「他のパートを食ってやろう」「自分が一番目立ちたい」というようなぎらぎらした野心めいたものを感じました。
例えるならばお三方がお互いを向いて演奏している感じ。
一方今回の『因素音①』は各々が曲を持ち上げるために自身の力を最大限に出そうとする印象でした。
曲を良いものにすることが第一優先で、個人のスキル披露は二の次って感じ。
こっちはお三方が聴き手・觀客を向いて演奏しているというような。
『亡月亡日』は、互いが刺激し合って切磋琢磨した結果が曲になっている。
『因素音①』は、求める理想形のために友好的に協力したって感じです。
ちょっと違うかもしれんけどMACCHOさんとDr.KのBeefとその結果の『Players' Player』みたいな。怒らないでください。
ベースの入りから曲が開始しますが、ギターとドラムが入って展開していくと、これは、、ラジオ放送でよくあるリクエストでもパーソナリティが喋るでもない時間だ…!
(たしか)くりいむしちゅーのオールナイトニッポンにおけるYellow Magic Orchestraさんの『Lover Come Back to Me 恋人よ我に帰れ』みたいな感じです。
あの時間ってなんなのでしょうか。
一聴取者が知るべきもんでもねえな。
Ale.!!
すき。
ひどく気だるい
日々はどっかで泡になるし
悲しい雪で君のジョッキを満たさないで
晴れたらビヰル呑んで
雨なら愚痴こぼして
ダメなら無理でOK
疲れたら距離を取りたい
旭日が昇る
まではぽっかり忘れ去って
四の五の言わず
五臓六腑で盛り上がりたい
晴れたらビヰル呑んで
洒落た服で気取って
ダメなら無理でOK
疲れたら距離を取りたい
魂の踊る
夜はどっかにきっとあるし
四の五の言わず
五臓六腑で盛り上がりたい
晴れたらビヰル呑んで
しがらみはぶち壊して
ダメなら無理でOK
呆れてる君で正解
晴れたらビヰル呑んで
しがらみはぶち壊して
ダメなら無理でOK
呆れてる君で正解
晴れたらビヰル呑んで
邪魔なら振り払って
JOVE JOVEビヰル呑んで
溢れ出る君で正解
悲しいことや
不安ばっかの君にエール
魂で踊り五臓六腑が盛り上がるぜ
これは酒呑みの曲でもあるけどどっちかというと酒場の曲で、印象の彩度を上げたら呑み友達の曲ですね。
呑み友達は示し合わせる訳でもなく、その日その日に酒場で落ち合うものだそうです。
なので、あるきっかけで疎遠になったり、また関係が復活したりするんだそうですね。
さっぱりとした関係?というような感じでしょうか。
さっぱりするかはまた別な要因か。
と、この曲は呑み友達の曲でありますが、そして同時にバンドとファンとの関係の曲でもあり、その他の関係値の曲でもありますね。
「まぁ思うところがあったら距離取ってみたら」と歌われていますが、これは所謂〈人間関係リセット症候群〉と形容されるものに対しても有用だと感じるからです。
わたし自身も身に覺えがありますが、現代人は白黒的でちとピーキーな考え方をしがちだって。
今生の別れになるかもって思って、衝動的な行動だけはしなければ良いと思う。
珍しく?ドラムソロから始まる曲。
『幽光』はタイトなドラムが印象的でしたが、この曲はとっても良い具合にルーズです。
というより曲全体・樂器全体がルーズ目な音像の印象があります。が、それも各々のスキルが熟成したからこそ調整できる類の演奏なのです。
つまり遺詠!めっちゃタイトでルーズ!って感じです。
適当に感じ取ってください。
Katzuya Shimizuさんの通常歪み音が今までと違った、ちょっと鼻づまってる感じの音をしていて新鮮ですね。
語弊を恐れずいうなら、八十八ヶ所巡礼さんがこんなスタンダートなロックを演奏するなんて思わなかったです。
でもこれがスタンダードに思うということは、大分と八十八ヶ所巡礼さんに肩まで浸かっているみたいですね。
ギターソロの時にユニゾンしてるリズム隊がとても好きです。
二小節で構成されてるフレーズですが、二小節目のバスドラムとのユニゾンが好きですね。
そんでギターソロの時のアンサンブル全体の音も好きです。
八十八ヶ所巡礼さんはギターが一人のバンドであるため、ギターソロの時にコード伴奏をする方がいません。
ヴォーカリストがギターも兼任している場合やギタリストが二人以上いるバンドであればギターソロ時に片方のギタリストがコード伴奏を行えるので音的な空間を埋めることができます。
しかし3ピース構成やギタリストが一人で構成されているバンドの場合、ギターソロを弾こうとするとコード伴奏を行う人がおらず、これがよく言われる「音圧」や「音の薄さ」という形容に繋がります。
正直音樂ってのはドラムとベースだけで成り立つし(KIYOSHIさんのバンドとか)、『日本万歳!』に収録の『幽楽町線』のギターソロでもそれが成り立つことは証明されております。
そういった音的な隙間を埋めるために1ギターのバンドは音源では伴奏のトラックを録音し、その音源を同期として流すという形でLIVEを行うのですが、わたしはこれって奏者が機械に合わせる〈クリック(メトロノーム)の奴隷〉になると感じておりまして「果たしてどうなのかしら」と感じております。
そんなわたくし一個人の価値觀なんてどうでもよいのですが、八十八ヶ所巡礼の御三方自身『三人の音以外入れたくない』と口にされている通り、音源においても基本的にKatzuya ShimizuさんがLIVEで演奏する主旋律のフレーズが左チャンネルに寄せられており、右チャンネルには左チャンネルと同じ演奏を重ねる程度となっております。
なぜ同じ演奏を二度も弾いて左右のチャンネルに振るのか、は音圧の兼ね合いが理由なのですが、左右で違う演奏をしていたとしても片側のチャンネルに対してもう片方のチャンネルは音程が違うというようなコーラス的な内容のものがほとんどです。
全く違う演奏が複数トラックで録音されてるのって、ぱっと思い浮かぶのでは『⇔粛正の夜明け⇔』のサビ右チャンネルとギターソロくらいですかね?
「音程が違ったらギターは複数人いることになるだろ」という面倒な脳内派閥もひょっこりしたりしますが、言いたいことは『御三方のみの音で構成したい』ということで、『Ale.!!』のギターソロはそれがより特徴的だということです。
ベースの音が《マーガレット廣井さんの音》って感じがして、その無骨さが好きなのですね。
わたしはギタリストなのですがどうにもベースとかビートにばかり耳が行くなぁ。
絶狂NOW!
めっちゃかっこいい。
Katzuya Shimizuさんのギターから始まります。
イントロはFuzzieなソロで、アームダウン後のタッピングを合図に、バンドがオールインした後はデジタルを感じる歪みに音が変わっています。
この "デジタル" は8bit のピコピコ系ではなく、PCが一般化してから生まれたデジタル的歪みで『JOVE JOVE』のイントロで用いられている歪みと似ています。
しかし『JOVE JOVE』の音よりも暴れている印象がありますね。
凛として時雨さんの樂曲『DIE meets HARD』でのTKさんを想起する音像でした。
一回目のAメロにてスタッカートなダブルストップがギターにて演奏されておりますが、この音が小氣味良くていいですね(スタッカート=一瞬だけ発音する奏法 ダブルストップ=二音を同時に鳴らす奏法。『Carrousel末路』のAメロで鳴ってる「パパパ…」もダブルストップです)。
ギターのヴォリュームを絞った時のような歪みで音作りがされているのもデジタル感があってよいです。
ところでこの曲のスネアは矢鱈と前に出ておりますね?
そんで今までの音像と違う感じがしますね?
曲によってスネアを変えたりしてます?
あとスネアが重ねられているように聴こえますが、これは思い違いだろうとおもう。
…。。。……エンディングのギターって両手タッピングですか…?………ボスハンドタッピングでオクターブのユニゾンですか……??
かなりウザい奴ばかりで情緒が破裂しそう
すぐに騒ぐものばかりで普通にブチ切れそう
ーーーーーーーー
闇と穢れと金のひまつぶし
ーーーーーーーー
闇と穢れと金のひつまぶし
虚栄と妬みの光が超眩しい
ーーーーーーーー
善行NOW!嬉しいNOW!WOW!
デジタル社会やSNSやそれらの炎上についての怒りやらが言及されております。
デジタル社会、とはいえ、結局の本質はそうそう変わりません。
結局は《虚榮心と妬みがまざりっこしていびつに出力された結果》としての炎上があるのだろうと感じます。
「虚栄と妬みの光」に対して『超眩しい』と表現されていますが、われわれ快く感じないものに出くわした時って顔を顰めたりするじゃないですか。
特に画面越しで見聞きしたものに対して顰めがちですが、この表情を〈眩しい〉と表現したのだとしたら、とても巧みだと思います。
・善行NOW!嬉しいNOW!WOW!
現代ってか〜なり殺伐としているじゃないですか。
殺伐としっぱなしな世の中で善意も悪意として取られかねない時代ですし、〈悪意と取っておいた方が自衛のために良い〉なんていう狂った事態になっているようにもわたしには感じます。
でも、そんな呪われ狂った時代でもなんだかんだ善行するのは氣持ちがいいし、ちゃんとお礼を言われたら嬉しいものですよ(礼を言えないやつは食わず嫌いを強制的に矯正させられる環境に押し込まれちまえ。あるいは食べられないものを話した時に「それはね、人生の半分を損してるよ。本当においしいものを食べたことがないからだって。ここのは本当においしいから食べてみな?ほら?」と完全な独りよがり善意を押し付けられちまえ)。
この記事を書いている日に、わたしが人生で一番美味しいと思っている個人経営のケーキ屋さんに「おいしくて感動した」という感謝を伝えたのですが、やっぱり喜んでいらっしゃる表情を見るのはこちらも嬉しいものですよ。
「ケーキ屋という業態上、買ってもらって終わりだから実際に感想を言われるのは嬉しい。浮かばれる」と店主の方も口にされていたし。
これが善行かはわからんけど。
浮楽浮楽
不条理なんじゃない?
勝利なんてないのに
不条理なんじゃない?
狂 気 の 現 代 史
滅びを肴に黄昏て
美しげな夢をみた
こうして浮楽浮楽としてると
一瞬生きてることを忘れられたね
耐えて 吠えて 淡く 消えた
孤独と酔う夜を
超えて 吠えて 高く 吠えて
呪いの朝を断とう
こうして浮楽浮楽としてると
本当に生きてることを忘れられたね
わたしはやっぱり最初は歌詞を見ながら曲を聴いた方がよいみたいだ。
めちゃくちゃ好きな曲になりました。
日比谷大音楽堂で初披露された時には、ファン第一号であったゲストハウスの方に対しての曲だと話されていましたが、今作の音源版では『紫光』で対象にされていた層にも向けられています。
不条理なんじゃない?
勝利なんてないのに
不条理なんじゃない?
狂 気 の 現 代 史
〈大安SIDE〉の『奈落サブウーファー』で詳しく書いていますが、現代って矢鱈と勝つことを強要されるじゃないですか。
これって少年漫画誌が持っている側面が悪影響を及ぼしているのではないか、と感じているのですが、この勝ち負けの価値基準も人間が勝手に設けたものじゃないですか。
自然界での勝ち負けって言えば『死ぬか生きるか』だろうと思いますが、動物であるところをどうやら忘れたらしく思える人間たちが持ち出した勝ち負けの基準は、やれ征服だ信仰だ善悪だ成績だ利潤だのと、シンプルの真逆is the Bestの名をほしいままにしておりますよね。
そのような全く自然じゃない勝ち負けを求められる現代ってのは、狂ってると思うし、そんな世間では精神的に狂っても仕方ねえよ。
むしろ「世界は弱肉強食じゃい!」なんて嬉々として口にしている方々の方が狂っていると、わたし個人は、思う。
滅びを肴に黄昏て
美しげな夢をみた
こうして浮楽浮楽としてると
一瞬生きてることを忘れられたね
美しいですね。
わたしはここの「滅び」とは【死】のことだと感じます。
わたしも身に覺えがありますが、生こそ苦しい、みたいなのってあるじゃないですか。
そんな生き地獄な現世では破滅の方が救いに見えることもある。
破滅を夢見て浮楽浮楽と生きていると、一瞬でも "生きる" という地獄を忘れられる。
耐えて 吠えて 淡く 消えた
孤独と酔う夜を
これは『紫光』を聴いて耐えた夜ですね。
世界の全てが自分の敵に思えてしまう、あの時間です。
超えて 吠えて 高く 吠えて
呪いの朝を断とう
これはあれだ、『脳がとろける街888』だ。
呪いの朝を断つために、喉が千切れそうなほど叫ぶんだ。
こうして浮楽浮楽としてると
本当に生きてることを忘れられたね
「生こそ苦しい」と上記しましたが、多分ここで言われている『浮楽浮楽』って〈自分の好きなこと〉ですよね。
現実(納税、生活、人間関係諸々…💀)という髑髏な生は確かに "しないといけない" ことだけど〈自分の好きなこと〉をしていたら、苦しみを忘れられるね。
あーわかる。わたしもギターだけは救いだったし。
あとこの曲はトー横界隈だとかって一方的に括られてる方々についての言及も含まれていると邪推します。
ですが、その眼差しは一般社会がしているようなものではなく、もっと慈悲のあるものです。
ところで「冥府の声と 祈る胞子」という部分は巧い表現というか感嘆としました。
冥府の声とは、おそらくですが一曲目の『脳騒曲』での散った方じゃないかと思います。
胞子とは生殖を行う器官で、似たものとしてたんぽぽの綿毛がありますが、それはつまり "意思の伝播" を意味すると感じます。
自分は後悔多く散ったけれど、後の世代にはそうなってほしくない。という祈り。
「二の舞を踏まぬように」という祈りを、願いという胞子にして飛ばしているのです。
イントロのギターってサスティナーかましてる?
Katzuya Shimizuさんの音では珍しいですよね?
『エイトビイトな人々』のイントロと同じ属性の音です。
『狂気の現代史』後のアンサンブルが実はすごく好きです。
ギター、ベース共にビニールっぽい音をしていてそこの混ざりが良い。
イントロからBメロの終わりまではナチュラルハーモニクスやミドルポジションでのフレーズなど浮遊感がある音像で『浮楽浮楽』という曲名を表現していたベースですが、サビからはぐっと世界が開けるかのように展開するのも歌詞と合っていて良いです。
〜〜〜〜〜〜〜〜
『八+九』は二枚組のアルバムとなっており、〈仏滅SIDE〉と〈大安SIDE〉と銘打たれています。
八十八ヶ所巡礼さんは【仏滅の夜 from 流儀】という口上をよく口にされております。
この口上の意味合いは以前わたしなりに解釈した次第ですが、【仏滅】が "物滅" であり新しく始めるのに適した日だとしたら、〈仏滅SIDE〉は『イヤ〜なことがあってもまた始めたらいいじゃん』という想いがこもっているのかしら、な〜んて思ったり。
大安SIDE
因素音②
『因素音①』をスピーカーから録音した、みたいな音像。
①、②とあるので続きものなのか?とか、てっきり別の曲だと思っていましたが、そうではありませんでした。
ここから憶測するは「因素音①からルート分岐している?」というトチ狂ったもの。
奈落サブウーファー
再録ーーーー!!!!!!!!!!!!!!! ッフゥーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
思わず変なところで拳突き上げ貴様らになってしまいました。
いえ、これは変なところではありません。断じて変なところではない!とムキにさせていただきます。
理由が何とは言いませんが、再録が嬉しいのです。
非道く洒落たモダン
履き潰された妙案
地獄抜け出そうじゃん
禅と博打 天国ループして
空虚で 儘ならぬ闘争心
三回に一度 勝っていればいい
堕落 サブウーファーで
軽く溶けるくらいに
フレーズ何回も弾いた
間違ったそれもまたいい
酷く荒れたレジャ〜
手垢のついた冗談
後光さしてそうじゃん
阿弥陀くじ ルーズかき消して
空虚で儘ならぬ向上心
散々に生きて なんて言えばいい?
奈落 サブウーファーで
軽く飛べるくらいに
フレーズ難解に弾いた
間違ったそれもまたいい
不遇だ!って怒鳴るのは
息を吸ってないから
震えたって響くのは
底知れ無いから
鳴らす サブウーファーで
軽く舞えるくらいに
フレーズ何回も弾いた
間違った俺もまたいい
堕落 鳴らす
奈落 鳴らす サブウーファー
見事なまでに現代に対してのカウンターSONGです。
すばらーしいですスパシーバ。
洒落た振りして非道な現代。
「これでいこう!」と打ち出された妙案も、それ昔から何回もやってたじゃん。
何回やってもダメだったじゃん。
そんな他人頼りしてたって駄目みたいだし、むしろ他人頼りだったから駄目だったんじゃね?
自分でやって地獄抜け出そうじゃん。
トライアル & エラーを繰り返してでもさ。
なんかいっつも威張ったり虚榮心で競爭してる奴らってさ、勝ちにばっか拘ってね?
常勝なんて疲れるんだから、三回に一回程度勝つくらいでいいんだよ。
何度となく来る同じ状況で同じ勝ち方するって、それはそれで味氣ないし。
いろんな間違い方しても、それもいいじゃん。
『間違う』ってのもそれはそれで自分だし。
現代人が病んでる理由のひとつに『間違えられないという重圧』があるじゃないですか。
この曲を聴いていて思ったのですが、なんでも簡略化やマニュアル化しようとしているから病むという側面があるんじゃないですかね。
現代ってなんというか体系化というか明文化しようとするじゃないですか。
ラベリングとも形容できるでしょうし、この価値觀は西洋的だと個人的に感じています。
『簡略化・マニュアル化』を別な表現ですると《誰がやってもできるように》なのですが、その善意?が故に「〈誰がやってもできること〉が "できない" 自分」に出くわした時に『どうしてみんなができることが自分にはできないんだ』と思ってしまうし、周りからも叱られたり揶揄されたりすることがある。
でもさぁ、仕方ないじゃん。
表現方法がその人と合う合わないってのは確かにあるし、表層部分だけ小綺麗にまとめられていても本質が腑に落ちないとどうにも動けないって方もいらっしゃると想うし。
ぱっきり決めずに揺らぎを受け入れるって東洋的な価値觀なのですが、西洋合理主義が繁茂跋扈している時代では相性よくないんだろうな。
現代人はどうにも短絡的なものの考え方・捉え方で判断・裁判をするようになっているとどうしたって思うし。
もっと「揺らぎの向こう」とか「揺らぎの波紋の先」とかを想像するようにできた方がいいぜ。
わたしはギターを嗜むのですが、よくある〈樂器アルアルシリージ〉で「弾きたいけど弾けないフレーズ、テンポを落として練習するのなんか負けた感じがある」というものがあります。
わたしもその時期はありましたが、そんなのはね、当然なんですよ。
樂器を上達するってのは(個人の感想です)どれだけ "できない自分を認められるか" にかかっていて、むしろ、それを真正面から受け止められない人は本当の意味合いでの上達なんてできないとすら考えています。
現代人が罹っている【勝ち続けないといけない】という意識や【できて当然】みたいな意識の病に晒され続けてたら、そりゃあ息苦しくもなるし病んじゃったりもするよな。
多様性だのなんだのでこれからの時代、もっと〈わかりやすい〉や〈簡略化〉などといったお莫迦さんに向けた流れが進んでいくのだろうと思いますが、そうなると皮肉的に『間違えられない』という透明な毒ガスが充満して行って現代人のメンタルヘルスが加速していくのかなぁ。
MAJIで善意が生み出す闇って感じだな。
難儀だなぁ。
辛い世の中だなぁ。
そういった穴に落ちないためにも、間違った自分を認められるようになっていた方がいいよ、と、マーガレット廣井さんは言っている(と思われる)。
なので、結論!樂器を始めましょう!
これは全てのパートが再録だと思われます。
サビ歌「ならくぅ〜」「ならすぅ〜」とコーラスが重なっているのが陽氣でいいですね。
LIVEアレンジを再録に落とし込んだのだと思いますが、ドラムから曲が入るじゃないですか。
わたしはしょっぱなのハイハットが好きですね。
好きですね。
( °д°)ハッ!
『奈落サブウーファー』って再録されてるじゃないですか。
再録=やり直しですが、歌詞に込められていた「間違ってもやり直せばいいじゃん」もこの「再録収録」という意味の表現だとしたら。。。?
最初からの計画だった、とかってあったりするんですかね…?
だとしたら、、、恐ろしいバンド…。。。!!!!
鬼畜
文學。文學ですね、これは。
音樂なのに文學とはこれ烏賊に。いとをかしって感じです。
思い浮かんだのは角川ホラー文庫的な風景。
あるいは小林泰三さんやイヤミスの真梨幸子さんのような雰囲氣でした。
曲的には6分56秒もありますが、歌詞は数行ぽっち。
あなたが裏切るそぶりみせる だからあたしも裏切る
しょっちゅう非道い音信不通 だからあたしも裏切る
あなた鬼畜ね あなた鬼畜ね
あなたが裏切るそぶりみせる だからあたしも裏切る
悲しい音を絶やさないのね だからあたしも苦しむ
あなた鬼畜ね あなた鬼畜ね
これが、怖い。
とっても、怖い。
怪談師の夜馬裕さんが語る厭怖・厭談のような趣を感じます。
何がそんなに怖いのか。
下記にて説明いたしますね。
・あなたが裏切るそぶりみせる だからあたしも裏切る
歌い出しの部分ですが、ここで注目したのは〈あなた〉は『裏切っていない』ということです。
【そぶり】なので、あくまでも裏切る振りなのですね。
それに対して語り手の〈わたし〉は裏切っている。
これだけ見たら〈あなた〉は裏切っていないのに〈わたし〉は裏切っている。ということで〈わたし〉が悪い立場になります。
ここで〈あなた〉がみせた【裏切るそぶり】が何を期待してのものかを考えてみましょう。
わたしはこの二人の関係を恋愛関係だと認識したのですが、〈あなた〉が【裏切るそぶり】を見せた理由が〈わたし〉との恋愛関係を解消したくて行なったものだとしたら。
そうなると『〈わたし〉が「もう終わりね、別れましょう」と口にしたら〈あなた〉の思い通りになっちゃうよね。でもそうはさせてあげない。〈あなた〉の氣持ちは裏切ってこのまま恋人関係で居続けてね』という解釈が可能となります。
・しょっちゅう非道い音信不通 だからあたしも裏切る
・あなた鬼畜ね あなた鬼畜ね
音信不通になったりしたら〈わたし〉が愛想を尽かすとでも思った?
残念、〈わたし〉は〈あなた〉と別れるつもりはないわ。
〈わたし〉にこんなことさせるなんて、〈あなた〉鬼畜ね。
曲のサビとなる「あなた鬼畜ね あなた鬼畜ね」は曲中に二度歌唱されます。
ですが、わたしには一回目と二回目とで〈あなた〉が指し示している対象の人物が異なっているように感じるのです。
・悲しい音を絶やさないのね だからあたしも苦しむ
上記の部分は変わらず〈わたし〉視点の氣持ちだと思われます。
しかしそのあとに歌われている『あなた』は〈わたし〉自身が〈わたし〉を俯瞰して見た状況のように思うのですね。
つまり、
あんなに別れたがっているのに、意地でも別れようとしないなんて。
あなた鬼畜ね あなた鬼畜ね
と、そのように感じられて仕方ないのです。
だから、怖い。
わたしの脳内では夜馬裕さんが「こんなことわたしにさせるなんて、あなたって本当に鬼畜ね」とにっこり微笑みながら口にする様子がありありと浮かびます。
「愛情というものは強固で美しい。非常に心が温まるお話として示させていただきます」
この曲はベースの音が大きいように感じますが、曲に困っている怨みの念が基礎としてあるからなのでしょうか。
あくまでも頭の狂った人間の一解釈として。
泥春
スルメな仏滅曲。
〜〜〜〜!!〜〜〜〜!!!!!
わたしはこの曲にHIP HOPのトラックを感じるのですが、それを言及するタイミングが来たぞ!!!!
イントロからコアな音樂好きを摑んでくる曲。
ギターは八分音符のノリですが、ベースは四分音符のノリをしていてそれにより独特のもったり感が歌詞の雰囲氣と花粉症(らしい)の感情を表現している(ように感じる)。
この曲はループミュージックです。
全ての樂器が四小節で一かたまりのフレーズを繰り返しており、驚きなのがイントロ・Aメロと同じループでサビが構成されているところです。
ループミュージックといえばHIP HOPのトラックです。
流石に一番と二番と最後のサビとで演奏のフレーズは違いますが、ベースとドラムのリズム隊は基本ずっと同じフレーズを繰り返しています。
ということは曲の広がりとかはギター(うわものの音色)と歌メロディで演出されていることになりますが、それが逆にHIP HOP的に聴こえます。
HIP HOPやラップミュージックはループするトラックに対して、歌唱者によって違う趣のフロウが乗ることで曲の雰囲氣が変容していくのが特徴的な音樂ジャンルですが、その変容と雰囲氣を『泥春』には感じるのですね。
あと二番サビ後のギターソロ?の部分でP-MODELさんの『ジャングルベッド I』を想起する。
よく或る話ね
雑誌で読んだ浄土
無くなる悲しみと
夜食も凍る氷土
かくも儚きもの
夜更かしシンドローム
齷齪してるけど
やる気もとうにないの
ねぇ?溢れそう
がらんどうなのに
壊されたいのよ
でも覚悟は無いけど
夜明けがまるで来ない
もうすぐ春ですね
ねぇ?溢れそう
がらんどうなのに
ねぇ?溶ろけそう
飴玉になって
酔わされたいのよ
でも覚悟は無いけど
夜明けがまるで来ない
もうすぐ春ですか?
壊されたいのよ
悪魔も泣いた泥春
弱気を小突く雨と
もう一度春が来て
酔わされたいのよ
でも覚悟は無いけど
朝焼けも悪くないな
もうすぐ春ですね
日々の生活で疲れきって空っぽになっている方の曲。
「夜更かしシンドローム」は "無駄にしたと感じている日中を取り戻そう" と夜更かしをしちゃう『リベンジ夜更かし』とかって言われているやつですし「齷齪してるけど」は『絶妙Σ』にて言及の「汲汲となる〜」です。
しかも「やる気もとうにないの」と来ています。
これは生活と人生にうんざり氣味だけどそれを改善する氣すらも失せちゃってるわ、ということじゃないかな、と思います。
あ、「選挙に行ったって無駄だよ。たかが一票で変わるかっての」という氣持ちと似てる?
「ねぇ?溢れそう がらんどうなのに」
ストレスで限界来てんじゃん。
限界ってのが来たら心は空っぽで渇ききってるくせに涙は出るんだよな。悪いことは言わねえから休めって。
壊されたいのよ
でも覚悟は無いけど
夜明けがまるで来ない
もうすぐ春ですね
少なくとも二つの解釈ができます。
「こんな辛い生き地獄ならさっさと早く壊しておくれよ」というものと「こんな辛い生き地獄、だれか壊して救ってくれ」というものです。
しかし、前者は『実際に心を壊されるのはそれはそれで困る』で、後者は『辛い生き地獄が長すぎたから、いざなくなったらどうすれば生活すれば良いのかわからないから困る』という心配が先に立っちゃって覺悟ができない。
そんなどっちつかずで動けないから人生というものの夜明けが来ない。
迷っているうちに季節は春ですって。
しかし「弱気を小突く雨」との自己内省と「朝焼けも悪くないな」という心境の変化があるのでどうやら救いはありそうですね。
この語り手は少なくとも三年は同じ心境で過ごしています。
しかし最終的には最初とは違った心境で「もうすぐ春ですね」と口にしているように感じられ、「時間が経てば解決するもんも確かにあるって」という魔族なりの優しい激励じゃねえーんかなって思います。
『辛い時期を越える』ことの喩えとしても『冬から春になる』という表現がありますしね。
沙羅魔都
八十八ヶ所巡礼というバンドには珍しいくらいダンサブルチューンです。
ベースラインはほとんど全編繰り返し。
ここまでギターが飛び道具的な使い方をされている曲も珍しくてオートワウを使用してるのもバンド的には初?(『凍狂』の間奏はフランジャーとかですもんね)
そんなギターですが実は結構スタンダードな音で定番なフレーズを弾いていたりもします。
あとミックス具合もドラムがちと大きいですよね。
これも表現しようとしたところがクラブミュージックだからじゃないのかと考えます。
誰もが目指した愛の都市
狂い狂わされ心地よい
亡びを忘れて夢をみて
散るも散らぬも塵に同じ
ーーーーーーーー
『イマドキ』『流行り』も古ぼけて
もれなく笑えて恥ずかしい
羽目など外して 逝くのじゃ
我など無くして 逝くのじゃ
ーーーーーーーー
羽目など外して 逝くのじゃ
金など無くして 泣くなよ
洒落などかまして逝くのじゃ
我など無くして 逝くのじゃ
沙羅魔都!有り難う!好‼︎ 好‼︎ ‼︎
・誰もが目指した愛の都市
わたし個人としては〈愛の都市〉が特定の場所を指すわけではないのかな、と考えています。
共同幻想的な理想郷として〈愛の都市〉という表現をした、みたいな印象ですね。
・狂い狂わされ心地よい
そんな《幻想だけど心地の良いぬるま湯》で茹でられ、みんな同じだから危機感に氣付けない(「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」と似たようなもの)。
・亡びを忘れて夢をみて 散るも散らぬも塵に同じ
死を忘れ即物的な夢・目標で、"その人 個人の心" が必要とすることに無頓着。
そんな状態じゃ生きてるも生きてないも同じようなもので、塵芥と大差無い。
・『イマドキ』『流行り』も古ぼけて もれなく笑えて恥ずかしい
『流行は文字通り流れて行く』とはICE BAHNよりFORKさんのリリックラインですが、"流行り" で利潤を生み出そうとするやり口って手垢に塗れているじゃないですか。
そんな手垢塗れの手法を莫迦の一つ覺えみたいに繰り返すばかりで笑える。その通り一辺倒な稚拙さが恥ずかしい。
或いは、直ぐに古呆ける流行に必死にしがみつく様は笑えて、その節操のなさは恥ずかしいという意味かもしれません。
『狂感できない』の最後では「この三千世界の何処にいたって視えるもの」と歌われていますが、文字通り流れて行く【流行り】は〈三千世界で何処にいても見えるもの〉と真逆ですね。
この部分については『流行りって実は同じもの繰り返してんねんで。大衆阿呆なもんで覺えてないだけやねん。勉強もせえへんしな』というのとはあまり関係ないと思います。
・羽目など外して 逝くのじゃ 金など無くして 泣くなよ
しがらみなんてとっぱらえ調子に乗って酔っぱらえ。
お金は確かに大事だけど別に無一文になったとてすぐさま死ぬわけでもねえんだし、所詮はその程度のことで氣に病むなよ。
・洒落などかまして逝くのじゃ 我など無くして 逝くのじゃ
洒落を言えるのは余裕があってこそ(耳に痛い)。常に余裕を持って、余裕がなくても余裕がある振りをしていたら余裕になっていたりする(脳はあほだったりするので)。
強くなりすぎてる昨今の自我を捨てて、自他とか超えて行こうぜ。
自他を超える、というのは以前に書きました〈あなたもわたしも、あなたでわたし。神一重イェー٩( ᐛ )و〉ということですね。
イェー٩( ᐛ )و
不浄と我楽多の砂漠
ぜーんぜん知らねえにわかだけど、なんとなくキリンジさんっぽい。厚手のセーターとホットココアって印象。
どことなくKatzuya Shimizuさんのギターが愉しそうな音をされている。
サビの歌メロディとベースラインとの譜割りが実はユニゾンしている部分があったり、歌のメロディラインに対してベースラインがカウンターメロディ的な役割をしていたりと、実はかなり技巧的で耳に氣持ちがいい曲です。
また酔っ払いの時特有の〈泥濘する沈みな氣分〉と〈変に浮ついた機嫌〉とが表現されているように感じる。
ドラムソロの時にアンサンブルのキメがありますが、この決めが表拍じゃなくて四分裏なのがいいですね。
「じゃっ! じゃっ! 」じゃなくて「ンじゃっ! ンじゃっ! 」ってなっているのがCharさんの『Smokey』みたいです。
曲の印象は全く真逆だけど、構成の盛り上がり方と広がり方が『泥春』っぽいようにも感じる。
弱気の密度が 粛々と満ちて
興味は無くとも フォトグラフに埋もれて
破滅のカクテル 傾けて虚無がってる
現世と幽世の狭間で蠢いてもがくもの
終わりのない地味なパズルを眠れなくて解いてる
ーーーーーーーー
優しい花さえ おぞましく映ずる
ーーーーーーーー
不浄と我楽多の砂漠で蠢いてもがくもの
終わりのない地味なパズルを眠れなくて解いてる
・弱気の密度が 粛々と満ちていく 興味は無くとも フォトグラフに埋もれて
またもSNS言及です。
明らかなInstagram。
「興味がない」と言っているので組織体に合わせて自らを捻じ曲げているのであろうな、と推察します。
『いや、そういうのは興味がないのですよ』と意思表示をできたら樂だけど、そうしたら組織内でどうなっていくのかを考えてしまって弱氣になって自らも埋もれてしまう。
・破滅のカクテル 傾けて虚無がってる
〈傾ける〉という行為は自らの意思で行う必要があります。
"傾いている" というのは不安定な状態で、不安定は安定に落ち着きたくなるものですが、酒が入ってる容器が落ち着いている状態(手を離しても動かない状態)とは【底面がついている】か【倒れている】かの二者択一となります。
ということは「傾けて」は正に自らの意思で行なっているということとなります。
つまり「破滅のカクテル 傾けて虚無がってる」とは《安全な状況で自らを憐れんで苦しみに酔ってる》ことを指しているのでしよう。
まさかの鋭い指摘です。
しかも、カクテルは酒と酒と酒とか酒を混ぜ物して完成する酒です。
ということは《悲観的な部分だけを寄せ集めて悲劇がってる》との解釈もできますし、酒は "酔う" ことができます。
〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
自分に都合よく酔うこととAlc.とをかけていることに氣付いた時は鳥肌がすごかったですね。
これはビヰルかけをしないと。
あとここは『浮楽浮楽』の「滅びを肴に黄昏て」と繋がっていますね。
・現世と幽世の狭間で蠢いてもがくもの 終わりのない地味なパズルを眠れなくて解いてる
この世とあの世の間で悩む者って意味合いだと思っておりますが、これは「いっそのこと死んじまうか…?」とかってぼんやり考えている状況かと感じます。
んで思い悩んで眠れないので、すまっとほんのパスルゲームで夜更かししている。。って状況のことでしょうかね。
『泥春』で言及されていた夜更かしシンドロームってなことですが、夜更かしは基本的に悩みを深くするだけで解決はしないんですよね(戒め)。
でも寝たくても寝れないんだもんね、本当に困ったもんだよね。寝れないのもすげーしんどいしね。
・優しい花さえ おぞましく映ずる
はっ、として ちくっ、として 苦笑をしてしまいました。
はっ、ちくしょうです。
これ疑心暗鬼のことでしょ。
本当に心配して言葉をかけてくれてるんだろうけど、どうにも絶対裏があると思えて仕方がない、あれです。
まさか死角から鋭い速さで軟いところをヂクッとされると思わなかった。不意打ちはよしてクレメンス。こころがいたいいたいですよ。
・不浄と我楽多の砂漠で蠢いてもがくもの 終わりのない地味なパズルを眠れなくて解いてる
健康ではない状態と不必要の砂漠。
精神的に余裕が無い時って不足感を物質で満たそうとしたくてなのかいらないものを買いがちですが、それのことかなと感じます。
あと一番サビではパズルゲームのことだと思っていた「終わりのない地味なパズルを眠れなくて解いてる」ですが、こっちは人生のことですよね。
眠れなくて『人生とは。自分の人生って何なんだろう』という終わりがない地味なパズルを考えて解いているということです。
『鬼畜』でもそうでしたが、こういう発見があるから歌詞カードを見ながら聴きたいんです。
摩訶摩訶摩訶
バスドラムの音が配信版よりもちょっと固いような氣がするけど、これは多分 "氣がする" だけ。
ギターソロ終わりにある御三方も難しいと言及する決めのフレーズがあります。
16分のノリで休符も混じってて細かく、尚且つ速いという「細かい・難しい・速い」の三点盛り盛り森です。
聴く分には「タッタッタラット」ですが、演奏する側としては「タツタツタラツト」と拍を感じねばなりません。
その理由は『フレーズ的に演奏がダレていると目も当てられない』からです。
このような〈タイトさが必要不可欠〉なフレーズでは先述の「細かい・難しい・速い」が奏者を苦しめてきます。
そりゃあ難しい。
ちょっと弾いてみたくなってきたな。興奮するな。
あと「タッタッタラット」は当然頭の【タ】が一拍目の音となるわけですが、たまに最後の【ト】が一拍目に聴こえることがあります。
わたしだけでしょうか?
あ、今思ったけどここのフレーズって全16小節構成で最初の八小節と後半八小節とでオクターヴが上がるじゃないですか。
これってKing Crimsonさんの『21st Century Schizoid Man』の間奏みたいですね。ほら、『幽楽町線』のギターソロ前でマーガレット廣井さんがフレーズをサンプリングしてるあの曲ですよ。
あそこのベースってめちゃ良いですよね。
愉しいことも枯れる暮らし 略奪された君の魂
愛羅武勇も子供騙し ロックダウン湧き出す闇の金
邪悪な人間模様! 邪悪な 同調思想!
調子に乗ってみない? 脳へのご馳走!
ーーーーーーーー
邪悪な人間模様! 邪悪な 同調思想!
調子に乗ってみない? さぁ!一発!
希望の遊戯で埋め尽くせるかな?
陽気なダンスで埋め尽くせるかな?
優しい狂気で埋め尽くせるかな? 遺詠!
希望の遊戯で埋め尽くせるかな?
陽気なダンスで埋め尽くせるかな?
そう! 魔族に任せろ
摩訶摩訶摩訶
摩訶摩訶摩訶
摩訶摩訶摩訶
でも
莫迦ばかりさ!!!!
愉しいことも枯れる暮らし 略奪された君の魂
愛羅武勇も子供騙し ロックダウン湧き出す闇の金
『脳騒曲』の主人公? そして『泥春』の主人公に対しての曲?
ところで攻撃力の高い曲です。
邪悪な人間模様! 邪悪な 同調思想!
調子に乗ってみない? 脳へのご馳走!
わたしもどうにかどうしてなのか人間である模様ですが、人間模様はどうにも面倒です。
同調が是とされる思想。そんな同調を強要させられる中ではくるしいくるしいですが、そんなしがらみを無視して調子に乗るのは脳にとって非常に榮養のあるご馳走である。
希望の遊戯で埋め尽くせるかな?
陽気なダンスで埋め尽くせるかな?
優しい狂気で埋め尽くせるかな? 遺詠!
希望の遊戯で埋め尽くせるかな?
陽気なダンスで埋め尽くせるかな?
そう! 魔族に任せろ
摩訶摩訶摩訶
摩訶摩訶摩訶
摩訶摩訶摩訶
でも
莫迦ばかりさ!!!!
同調思想の悪辣な鎖から抜け出して調子に乗ってみたら希望の遊戯や陽氣なデャンスや優しい狂氣で世界を埋め尽くせるかな?
そういったことは、そう!魔族に任せろ!
でも肝心な魔族も莫迦ばかりさ!
って感じかしら。
サビで繰り返される「摩訶摩訶摩訶」は呪文とかか何かなんですかね?
呟いてたら、ふっと氣分が軽くなるだとか。
あ、そうそう。わたしも例外じゃないのですが現代人って自然と呼吸が浅くなってるので氣が向いたら深呼吸してみてください。そうすれば必要以上に深刻に考えなくてもよくなるかもしれません。
曲中にて「調子に乗ってみない?」とマーガレット廣井さんもとい八十八ヶ所巡礼というバンドさんに誘われる部分があります。
ここで今作のアルバムジャケットを見てみましょう。

今作のジャケット、第三の目のところでお尻をだしているOhennro3がいらっしゃいます。
彼(彼女?)は非常に愛らしく、貴様らの皆様諸氏も好意的に思われているでしょうし、日本國外の貴様らさんにも「Awesome!」「Amazing!」と思われていることでしょう。
「this is Japanese Kawaii!」です。
曲中で歌われている『調子に乗る』というのは「彼(彼女?)のようになってもいいんじゃない?」と歌っているのではないか、そう思うのですね。
今作は螺髪としてOhenro3がいらっしゃるわけですが、螺髪のOhenro3が『世間の目』やなんやに縛られている方々です。
同調思想に枷付けられているため、心の望む愉しいことを躊躇っている。
見返してみれば螺髪のOhenro3はお尻を出しているOhenro3に対して羨ましさを感じているようにも見えんこともないです(「関わらんよにしとこ」と思っている方もいらっしゃるでしょう)。
ちなみにこの曲で言われている『調子に乗る』がお尻を出してるOhenro3だと氣付いた時は声あげて笑いました。
八十八ヶ所巡礼さんの音源や活動にはイラストレーターの谷口崇さんの存在が必要不可欠となっていますが、谷口崇さんは今作のジャケット制作においてマーガレット廣井さんより「機械っぽい絵」という発注を受けたそうです。
ジャケットイラストの制作過程公開②🖊️
— 谷口崇 @おしり前マン映画化します/現在制作中 (@t2homet2home) March 23, 2025
八十八ヶ所巡礼
new album
『八+九』
5/2(金)発売予定
今回のジャケの、
ボーカル&ベースの廣井さんからのリクエストテーマは「機械っぽい絵」です pic.twitter.com/5FTE9mxVGo
現代人、どうにも機械っぽいとは思ったりしませんでしょうか?
またどうして意識が行かなかったのだろうかと不思議なのですが、ジャケットのメカは【下品上生(げぼんじょうしょう)】という印相をしています。
印相とは弥勒菩薩に代表される思惟手(しゆいしゅ)のような、手で特定の形を作ったその様です。
ジャケットのメカがしている下品上生の印相は『大乗仏教の教えを貶さないながらも、悪事を働き、そして悪事への反省もしない人』を表しているそうです。
簡単に言えば「悪いと思って居ながらもその行動をする人」となります。
この行いは組織人としては良い影響として機能することもありますが、一長一短で短の方が多いように思うのが個人的な印象です。
組織人として、組織の構成員として、組織のための行動を成す(組織のために合理的な決断を下す)というのは機械的であるとは考えられないでしょうか。
合理的=機械的と仮定するなら、西洋合理主義とは大衆をmachine化するための思想侵略であるとも解釈することができます。
「大衆をmachineにしってしまえ!」です。
そして下品上生の解釈をもっと簡略化するなら「悪いことかも知らないけど、みんなやってるじゃん」になります。
this is 同調思想ですね。
【みんな】がやってるからって『てめえがやっていい理由』にはならねえからな?勘違いするなよ。
そんな他人の目を氣にして同調思想に染まっている機械みたいな状況から脱するために、調子に乗ってみない?
さぁ!一発!
Hototogisu♡
真っ暗ルームに『ただいま』とか
ガチめに言ってみた
どっかの晩酌を 眺めては優勝してる
もう何やってもトホホギス あたしを見つけてよ
病める日も ウケる日も 無駄バナしたいだけ
虚無る日も 常日頃 ときめきたいのよ
優しい言葉聞き飽きたわ サヨナラもワケワカメ
何も今週できてない あたしを褒めちぎれ
病める暇も 堕ちる暇も 無駄無駄マジカオス
行ってみよ〜ん!やってみよ〜ん!
泣いていられないのよ
音楽も 運命も 愛していたいだけ
虚無る日も 常日頃 ときめきたいのよ
暴力も 強欲も 無くならないのかな?
やめてみよ〜ん!やってみよ〜ん!
うまく鳴きたいのよ
LOVE&PEACE♡
めっちゃ笑いました。
いえ、全く莫迦にしているわけではありません。
(めっちゃ偏見です)積極的・能動的に音樂を聴いたりしない層にとってのMrs. GREEN APPLEさんが歌っているような内容を八十八ヶ所巡礼さんが歌うなんて意外も意外だったからです。
個人的にはEmi Nakamuraさん的なガッツを感じます。
KIYOSHIさん的な「オラァーー!!!!!」ってガッツじゃなくて「おりゃー!!!!!」って感じです。
まぁ戯言なんでてきとうに感じ取ってください。
真っ暗ルームに『ただいま』とか
ガチめに言ってみた
どっかの晩酌を 眺めては優勝してる
もう何やってもトホホギス あたしを見つけてよ
なんというか、今作の中で一番我々の世界の延長にいる感じがする曲。
「優勝」ってのはいんたねっとで流行った酒飲みの合図ですが、もしかしたら『不浄と我楽多の砂漠』の語り手かもしれません。
曲名にもなっているホトトギスですが、Wikipediaを見ていたら色々な要素で本曲の表現として用いられているような氣がしますね。
・夜に鳴く特性
・鳴き声が激情的なところ
・見てくれは綺麗だけど爬虫類などを食べることから「人や物事は見かけによらない」ということの形容として用いられているところ
あとホトトギスといえばやっぱり織田さん、ミスタ・トヨトミ、幕府のおとん、katokatoを思い浮かべますが、人間的世界生活の『他人を引き合いに出して優劣どうのこうの諸々を言い合う』という習性や『勝手に知らん及ばん場所で自分を用いられている状況』とをかけているのかな?と思ったりします。
後者については「勝手にさせたらよろしいやん」とも思うけどそれはわたしが太平樂な人間だからだろうな。
また曲の演出的に前奏・間奏・エンディングが同じ溫度に感じます。
これは心の中だけで色々と考えたり悶々と煩悶する思いを感じているも、それは外に出さず粛々と生活なり労働を送っているという印象です。
あとこれまで我慢してきた方ですかね。若干のやけっぱち感を覺えます。
ぴしっと氣を張って人間関係生活をする、家に帰って部屋着に着替えた瞬間に「我慢なんてもう面倒臭い!我慢とかやめてみよ〜ん!自由に生きてみよ〜ん!!」と口にしている様子ですね。
エンディングのギターソロの音もどこか「ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と言っているように聞こえなくもないです。
魔炎
僕がそっとしまっていた 悩ましい黒い炎
君が上手に描いていた おぞましい淡い模様
想う事まで 消し去りませぬように
優しい種まで 燃え上りませぬように
不肖の旋律に呑まれ
不埒な言葉を添えて
不生不滅を知らぬ間に
不浄な私欲を焚べる
僕の夜を焦がしていた 忌まわしい黒い炎
君がぼんやり抱いていた 恐ろしく淡い熱
望む事まで 消し去りませぬように
優しい種まで 燃え上りませぬように
僕がそっとしまっていた 悩ましい黒い炎
君が上手に描いていた おぞましい淡い模様
現実を優先して押し込めていた自分の夢や目標。
なんともうまく世渡りをしていた君と、その浅はかな立ち居振る舞い。
想う事まで 消し去りませぬように
優しい種まで 燃え上りませぬように
忙殺されることで自分の願ったことすら諦めませんように。
忙殺されることで思いやりという優しさの芽まで摘み取りませんように。
不肖の旋律に呑まれ
不埒な言葉を添えて
不生不滅を知らぬ間に
不浄な私欲を焚べる
愚かな世間に飲まれて、人の心を忘れたような言葉を使い。
「有るも無い」も、「有って・無い」 その真実を知らず。
醜く穢い我慾を燃やす。
そ我慾が愚かな世間と人の心を磨耗させ目減りさせる。
僕の夜を焦がしていた 忌まわしい黒い炎
君がぼんやり抱いていた 恐ろしく淡い熱
一人であるはずの夜が忌まわしい怒りで冒される。
短絡的な関心やそこまでの程度の興味で、"大事なもの" が犯される。
望む事まで 消し去りませぬように
優しい種まで 燃え上りませぬように
《望む》とは人間感情の根本であり、生物にとっても根幹の行動原理ですが、疲弊などでその根っこすらも無くしたりしませんように。
未来の自分への心がけという優しさの種も「無駄」だなんて言って失くしませんように。
曲の終わり方も儚さを感じるのですが、この曲が願いの曲だからでしょう。
歌謡曲ですね。アルバムの中で一番ポップスの色が濃いと感じます。
ちょっと中森明菜さん的な雰囲氣を感じる。
あと一番最後のサビはポルノグラフィティの岡野昭仁さんを感じる(その前のサビでも感じますけどね。語尾を伸ばして音程が下がるところとか)。
耳を澄ませて聴いてみれば、最後のサビでは中低音が豊かな音で歌われているんですよね(前半のサビは中音域~中高音域がまっすぐ飛んでるイメージ)。
岡野昭仁さんは声が高めな印象がありますが、声の成分という意味合いでは実は結構低音の深みがふくよかなんですよ。
二番Bメロ終わりのギターソロにわたしの敬愛するL'Arc~en~Cielのkenさんを感じる。
ちょっとSteve Vaiさん的な泣きのギターとGary Mooreさん的な泣きのギターも感じる。
八苦八苦
Ciao!
変に酔い過ぎてる!
米がめっちゃうめえ!
全部言っちゃうね!
親に感謝してる!
Ciao!
みんな脳死んでる?
夢は大事かな?
何を煽られてる?
ファック非道い爺
変に老いていない?
雁字搦めじゃない?
今日も胸熱じゃい!
ぎこちなく 儘ならず 四苦八苦で すすめ!
莫迦らしく とらわれず 八苦八苦も 笑え!
ぎこちなく 誤魔化さず 四苦八苦で すすめ!
莫迦らしく 誇らしく 八苦八苦も 笑え!
親孝行SONGじゃん!
アルバムの最後の曲だから?とても各々が暴れています。
これはLIVEで目が忙しい曲ですね…。。
イントロのポポポ ポポポ ポポ!!!の音ってどうやって作ったんだKatzuya Shimizuさん…。
みんな脳死んでる?
夢は大事かな?
何を煽られてる?
これすげえこと言ってますね。
「夢は大事だよ、あった方がいいよ」と念仏のように世間様で繰り返されていますが、それって洗脳じゃない?その人にとって必要じゃないものを必要そうに思わされてない?と言及しているように感じるからですね。
【常識】ってのは、それが常識であると都合良い存在がいるから【常識】なんだよ。という視点です。
ファック非道い爺
が何を指しているのかはわかりませんが、『老後の資金貯めといてね、最低でも二千万えん』みたいなことだと仮定したら「ファック非道い爺」と言われるのも納得です。
『金、貯めとけよ』ってのは煽られているのだとも取れますし、正直年金も掛け捨て保険みたいなもんで還暦過ぎても貰えはしないだろうと思っているので、そのやり口も非道であろうということです。
変に老いてない?
雁字搦めじゃない?
あ〜〜〜〜〜〜耳が痛い。
耳年増になってない?頭でっかちになってない??と言われている氣しかしない。
確かにそういった部分はある。大いにある。
と、ともに、いんたねっとの台頭により「知った氣になっている人」が膨大に膨れたことへの心配も言及もしていると思います。
そして同時に『いんたねっとの情報は正しい』と思い込んでいる方に対しての提言ですかね。
ぎこちなく 儘ならず 四苦八苦で すすめ!
莫迦らしく とらわれず 八苦八苦も 笑え!
ぎこちなく 誤魔化さず 四苦八苦で すすめ!
莫迦らしく 誇らしく 八苦八苦も 笑え!
人生思い通りになんてなるわけねえ!
だから七転八倒、七顛八起、四苦八苦してても適当で生きろ!
學者先生でもないんだから四角四面に囚われず面倒なこともお豆腐食って笑おうぜ!
四苦八苦あっても自分を誤魔化さずいれば胸張って笑えるぜ!
今作は八十八ヶ所巡礼さん流貴様らへの応援歌作品という面が強いと思います。
『八苦八苦』はアルバム全体の最後を飾る曲となるわけですが、『⇔粛正の夜明け⇔』の精神も篭っているのは素晴らしいと感じます。
(これは絶対に考えすぎです)
イントロの決めは八回、曲終わり最後の決めは九回。
作品名は『八+九』で曲名は『八苦八苦』
八、、九、、、八、、、、九、、、、、。
『八+九』全体の印象
以上が八十八ヶ所巡礼さんのNew Album『八+九』の曲ごとの感想です。
まさか全曲通して感想を書くだなんて思っていなかったですよ。おかげで文字数がとんでもないことになってやがる。
わたしはこの作品に対して、"一歩引いた姿勢" を感じます。
〈当事者意識が薄い〉と表現すると聞こえが悪いですが、それと似た感慨です。
前作の『幻魔大祭』に収録されていた『狂感できない』では俗世間に対して真正面から「相容れない」と、拒否の意思表示をされており、そのすぐ後に「俺は魔族」と魔族へ華麗なる転生を遂げておりました。
謂わば今作『八+九』は八十八ヶ所巡礼(魔族)になってから第一作目の作品ということです。
魔族が作った曲なんだから当事者意識が薄くて当然です。だって魔族と人間は違うんだもん。
音樂的な面ではFunkっぽいアプローチも増え、バンドの幅が大きくもなっておりました。
よくあるバンドは活動が長くなることでサポートメンバーを迎えてパーカッションとかが入ったりしますが、八十八ヶ所巡礼さんについてはご自身で「三人の音しか入れたくない」と口にしています。
サポートメンバーを迎えない分、演奏する曲の幅を広げるという手法を取っています(そもそもJAZZの名曲をカヴァーしたり、ドップラー効果や踏切の音を再現しようとする姿勢の奏者ばっかりなんだから、管楽器っぽい音くらいしれっと作りそう)。
これは「同じことをしたくない」というお三方の意向によって、これまでのようなプログレッシブ・ロック然とした表現では同じことの焼き増しになると判断してなのか?
これまでに手を出してこなかったジャンルの音樂を取り入れることで "違うこと" ができると思っての舵取りなのか?
その真相は一介のファンには不明です。憶測だし。
バンドが他のジャンルミュージックも取り入れ始めた、のでれば、八十八ヶ所巡礼というバンド自体の革新が始まったのかもしれません。
八十八ヶ所巡礼(魔族)になってから第一作目であるわけですが、収録曲全体に流れていたのは『いとしさ』という感情であると受け取りました。
世に対しての確かな諦觀はありながらも、決して見捨ててはいないという感じ。
あれかな、神さんとか守護靈さんとかって見守るだけって言ったりするんですが、それかも。
「あぁ〜そっち行っちゃったか〜。それだと苦しいの続いちゃうんだけどなぁ」と思うも、その選択に対しては口出しできない。
あくまでもその人自身の経験が優先だから。経験がないと何も始まらないから。なのかは、わたしにはわかりません。哀しいことに肉体あるし。
魔族なりのKindnessな行動。
それが全國巡業であり音源活動。
Kindnessはある。
それを受け取るか、身に入れるか、それは我々です。
受け取らんでも祈りの胞子を仲介する役割でもいいし。
正直なところただ生きてるだけで他人様の人生には影響を与えてるんだから、悪事さえしなければのんべんだらりと生きたってもいいんだし。
あとがき
これにて八十八ヶ所巡礼さんのNew Album『八+九』の感想は終わりです。
まさかの全曲レビューをしてしまいました。おかげで文字数が三万字超えていました。
ここまできたら立派な読み物です(セルフボースティング)(と思ったけど一般的な文庫本では八万字で133頁くらいらしい。やっぱり作家さんってすげえな)。
『幻魔大祭』までの音源の感想で112,724字だったみたいなのですが、一枚の作品でそれの四分の一とかどうなってるんだ。
多くのバンドは一般認知されるに従ってバンドが持っている個の癖みたいなものを薄めたり綺麗に慣らしたりしがちです。
よく言う「他所行きの顔」になることで大衆受けをして一般新規層の獲得を狙うという計画なのだろうとわたしは考えますが、こと今作の『八+九』に感しては「他所行きの顔」をしていなかった。
当記事の冒頭にて『ちゃんと大衆受けする氣なくて安心した』と書きましたが、その真意はこうです。
大衆受けしようとしているのではなく、これまでのままバンドを知ってもらうための間口を広げた。という感じ。
お花見に例えると、大衆受けすることが「ブルーシートを敷いて仕出しオードブルを用意すること」だとしたら、『八+九』は「入っていい範囲が風呂敷からレジャ〜シートに変わった(しかし肴は裂いた烏賊や鮭とばや呪いのシチューのまま)」みたいな印象です。
入れる範囲は広くなったが、好んで入る人は前と変わらないだろうということで、大衆受けする氣がさらさらなくて安心したのです。
と、こうなると公演するライブハウスの規模感も必然と大きくなるとは思いますが、やってることは前と変わらずマーガレット廣井さんがブロン美味えと言ったりしているままでしょう。
そうだといいなの願いもこめてですね。
バンドの根っこは変わっていないと思いますが、色の変化は確実にあると思いますので、既存の貴様らさんでも「さいなら〜」となる方もいらっしゃるでしょう。
それはそれでバンドというか、物事の代謝として必要不可欠なものでしょう。
わたしが恐れているのは、これまで以上に『エイトビイトな人々』が演奏される機会が減るのだろうな…ということです。
改めて、なーげえな。
もしここまでお読みくださった方がいらっしゃいましたら、誠に有り難うございました。
沙羅魔都。好‼︎
八十八ヶ所巡礼のお三方と運営スタッフ様にも、他人様の褌で好き勝手言わせていただき、誠感謝しております。
いやあくまでもわたしの自己満足でやってるのだから「有り難うって言われても」って思われるかしら。
今作も良いアルバムでした!
ありがとうございました( ¨̮ )
わたしはこの一週間ほとんど八十八ヶ所巡礼さんの音樂ばかりを聴いていました。
実は『八+九』を購入する際にYesさんの『Relayer』も購入していたのですが、当記事を優先して聴けていなかった。 ので!!!!!!!
聴きます!!!!!!!!!!!!!
ギターも弾きます!!!!!!!!!!!!!!!!!!
追伸
『仏滅トリシュナー』のPVでマーガレット廣井さんがマーシャルのヘッドアンプからこんにちは🌞されるじゃないですか。
あれってもしかしてaikoさんの『花火』をサンプリングされたんですかね…?
