本日もご訪問ありがとうございます。
行って来ました!出雲大社と石見銀山!


この一ヶ月ずっとたのしみにしていた旅です!
٩( ᐛ )و
一日目・出雲大社さん
ずっと樂しみにしていた旅。
大先輩神さまにご挨拶に向かうとのことで、朝っぱら早朝っぱらにお風呂に入り身を清めました。
最低限の礼儀って奴です( ¨̮ )b
道中、大雨。
道中、大雨でした。
警報などは出ていなかったと思いますが、土砂降りでした。
思わず氣分が高揚しちゃいましたね( ¨̮ )
出雲大社さんのある島根県は山陰地方に区分されますが、山陰地方は今生お初の訪問でございます。
山!
出雲大社さんがございます地までは高速バスで向かったのですが、雨降りだからか山の中だからかはたまたその両方か、霧が凄かったです。

氣分、高揚しちゃいますね☆
もうちょっと秋が深まった頃だと紅葉も綺麗なのでしょう。
美味しいアイスクリームをいただき「こういったことも将来には思い出になるのだろうなぁ」と感じました。

島根県は初詣のわたくしですが、大変失礼ながら島根県のことは不勉強のためほとんど存じませんでした。
なので松江を過ぎた辺りで眼前に広がった湖を意識に認めた時に、初めて『島根県には大きな湖がある』と存じた次第です。

「でっけーー!!!!!」
浮き浮きしちゃいますね( ¨̮ )
島根県といえばしじみが有名ですが、こんなに雄大な湖があればその豊かさにしじみちゃんたちが居心地良くなっちゃうのもさもありなんだよな、と思ったりします。
ということで土砂降りの中、出雲大社さんの最寄駅に到着。

出雲といえばお蕎麦。
雨宿りも兼ねて出雲そばのお店さんへ。

お蕎麦、好きでよく嗜むのですが出雲のお蕎麦はこれまでにいただいたことのない風味がつゆにございました。
それこそしじみっぽいというか?
大変美味しかったです( ¨̮ )
鴨吸いも美味しかったです( ¨̮ )
お蕎麦を美味しくいただきましたところ、あれだけ土砂の降りだった雨が止んでおりました。
「これ!これを待ってた!運がいいね!」などと嘯きながら大社さんへ。
初めまして。やっと逢えましたね。大変光榮です。

いつもの通り変なことを言いますが、入り口の鳥居を前にした時「やっと会えた!」と自然に思いました。
本殿の奥にある素鵞社さんというお社さんが凄かったです。
なんというのか、"ただものじゃない" みたいな感じです。

ところで出雲大社さんといえばでっかいしめ縄です。
ですが最初に見た時に思ったのは「あれ?案外小さいのね?」という肩透かし感でした。

今思えば『觀光地特有の "誇張による現実との差" から生じる感情』を覺えていたのかと思いますが、そんなような氣持ちを抱えながら御朱印をいただきました。
その際に「神樂殿もございますのでぜひ御詣りくださいね」とお声がけいただき、ふらふらりと人の流れに揺られていると知らん間に神樂殿に到着していました。
でっけーー!!!!!

『出雲大社さんといえば』のでっけーしめ縄が頭上にあります。
なんだか分かりませんが、大きいものを見ると自然と高揚します。

きっとこの時は表情が浮き浮きとしていたと思いますが、「でけー!でけ!」と思いながら見上げていると、何やら動くものがありました。
つがいの鳩さんが互いにいちゃいちゃしています。
かわいい〜。
そんな様を撮影していると「ドン!ドコ…」「ぴぃ〜ひょろ…」とお囃子が聞こえて来ました。
結婚式です!
目出度い!٩( ᐛ )و
それもそのはず、この神樂殿は御神樂を踊ると共に結婚式場としても利用されているのですね。

そういったことで結婚式が執り行われていたのです( ¨̮ )
現代では結婚式といえばキリスト教式のものが一般的になってしまっている兼ね合いなのか、神道式の神前結婚は初めて目にしました。
白無垢も角隠しも初めて目にしましたね( ¨̮ )
いや〜目出度い( ¨̮ )
両種族とも幸せになってくれ( ¨̮ )♡
ところでわたくし事になるのですが、大きな神社さんにご挨拶へ行ったら何がしかの行事が執り行われていることが多い。
なんでなのでしょうかね??
稲佐の浜と出雲國の矜持
そして神樂殿を後にして稲佐の浜へ。
わたしは隙を見せたら歩こうとする奇病癖を持っており(出雲大社さんから出雲市駅まで歩いて二時間程度だったのですが「歩けるなぁ」と思った)、出雲に行く前に周辺を調べた時に「海あんじゃん!しかも歩いて二十分程度!行くしかないっしょ!」と発見していたので、歩きました。
道中、鳥居さんを見かけたので参拝をして、稲佐の浜へ到着。
島根県は初訪問だったわけですが、日本海も初めて目にしました。
久々に海の匂いを嗅ぎましたが、國の伊予を思い出しましたね。
あの『生と死が混ざった匂い』は懐の深い匂いがして好きです。

一通り海を眺め終わり、出雲の町(民家)を徘徊していたのですがつくづくと「いい場所だなぁ」と感じました。
出雲という土地は "たとえ神社さんに興味がない人であっても知っている地名" の一つだと思うのですが、その『出雲』という〈看板〉を汚さないため、住人の各々が節度と矜持を持っているような感覺があったのです。
これは三重県のお伊勢さんや、宮崎県の高千穂町へご挨拶に伺った時にも感じた感覺です。
日本人は無宗教だとは言いますが、やっぱり『神の町・場所』ともなると「自分の行動一つで伝統に傷がつく」という一本の氣合いと矜持が無意識であっても自覺するのでしょうかね。
きっと万人の日本人が持っている「お天道様が見ている」の感覺が強くなった、みたいな感じかなと感じます。
あと昔に聞いた「引っ越すなら神社さんの近くがいい」という意見も納得いたしました。
浜から出雲大社さんがある辺りまで歩いていると、
【ここは海抜10メートル】
【ここは海抜10.5メートル】
【ここは海抜11メートル】
と、みるみるうちに海抜が上がっていきます。
六本木は谷にあるが、徒歩で行ける距離の皇居や國会議事堂は坂の上にあるのと同じですね。
出雲大社さんなどの神社さんやお寺さんというものは、ある種の精神的支柱的役割があると考えておりますが、國家にとっての重要なものは津波などで壊滅したりしないよう、その確率を少しでも少なくするために山の方であったり高台に作るのが常です。
そのようなことが耳と脳で聞き齧るのではなく、実際に腑に落ちたので「なるほど。こういうことが "引っ越すなら神社の近くがいい" ということか」と思いました。
とさ。
出雲大社さんの近くに再び舞い戻ったのちは、近くにあるコンビニエンスストアさんで十一月の八十八ヶ所巡礼さんのチケットを発見したり、お土産屋さんを回ってお箸や超可愛いTシャツを購入したりしました。
旅に行ったらば、お金のことなんて氣にしちゃだめなんです( ¨̮ )

旅の醍醐味の一つ ~酒場~
出雲大社さんに「またご挨拶に伺いますね」と話し、この日泊まる宿に到着です。
LIVEの遠征でちょくちょく色々な所に行ったりもしていたりいたしますが、觀光が主題の旅行は実は数える程度です。
そして宿も泊まることはありますが、この日人生で初めてアクリル材の棒がついた鍵の宿に泊まりました!
昨今はカードキーばっかりですからね。
良い旅だなと思います( ¨̮ )
そして客室も良い部屋でした( ¨̮ )
觀光が主題の旅において、醍醐味の一つに『現地の食べ物を頂く』ということがあると思います。
つまり、酒です。
いざ!酒場!





すみません、正直日本海舐めていたかもしれないです。
日本海を舐めると物理的に死にます。
『日本海は海産物が美味しい』と耳にしていましたので、意氣揚々と海産物をいただきました。
いやあ、、大変に美味しいです。
日本海に面した県は初めて訪問したので「日本海の海産物が如何程のものか」を本当に存じなかったのですが、想像以上でした。
本当に美味しい。本当に有難い。
三件目のお店ではお豆腐と烏賊の塩辛、いぶりがっこのポテトサラダが突き出しとして出されたのですが、これらが全部美味しい。
生の烏賊ってわたし得意じゃないのですが、この烏賊はとても美味しかったです。
ポテトサラダもボウル一杯にいただきたいくらい美味しかったのですが、何よりもお豆腐が美味しかったです。
豆の味が強くてしみじみと滋味に大変美味しかったですね。
萌という日本酒も美味しかったです。
島根県は山も海もあるということで、わたしの故郷である愛媛と近い部分があって、そこがわたしの琴線に触れるのかもと思いました。
出雲大好きですね。
四軒目のバーでは福井県からご出張でいらっしゃっていた会社員の方と『Take Five』と『枯葉』をセッションしました。
わたし自身の経験不足を痛感いたしました。
あとヤマハのアンプが良い音でした。
現地の酒場を訪問して ~都市と離れるほど、地域は近くなるが地域性は遠くなる?~
一日目はこんな感じです。
現地の酒場を探訪したわけなのですが、なんというか "都市と離れるほど〈地域性〉は遠くなる" ?みたいな感覺を憶えました。
どういうことかというと、現地の酒場ほど置いているのは全國区的な銘柄の酒ということです。
今でこそ地ビールという言葉は全國区的になりましたが、その生産量からしてまだまだ酒場用途としての取り扱っているお店さんは少ないと思いますが、地酒と呼称される日本酒は地ビールに比べ、全國的に認知されていて酒場用途での取り扱いも多いと思います。
ですがしかし、たとえその〈地酒がある土地〉の酒場であっても「全國的に買える一般的な酒」を置いている酒場が多かったように感じます。
もちろん取り扱っている酒場のお店さんもございますが、それはあくまでも『地酒あります』というような "お店の強み" として強調される要素であったように思うのですね。
都市にある酒場だと結構多くのお店が全國各地の酒を取り扱っていたりするのですが、"地酒が生産されている土地" であっても必ずしも多くのお店さんがその土地の地酒を取り扱っているわけではない、むしろその逆の方が多い?とすらあるのかもと思います。

このことから考えられるのは『中央地(都市)から物理的に遠ざかるに従って、色々な要素が中央値(どこでも買えるもの)に近づいていく』のではないか?という仮説です。
以前の記事で『マイルドヤンキーと呼称される方々は「やっぱりこれだよな」を好む(ように感じる)』という内容の記事を書きましたが、別にマイルドヤンキーと呼称される側に関係ないのかも、と思い直すと共に「そもそも選択肢が少なくなるってだけなのかも?」とも感じました(つまり仮説は未だに続行している)。
あと一般的な価値觀として『未知数な部分を引きたくない』との心理があるのかもしれません。
やっぱり同じ種類の酒といえど味の差異はありますからね。
そういった「 "未知数" を引くくらい(自分が苦手な物かもしれない)なら、初めから頼まずに自分が知っているもので済ましたい」という無意識が働いた結果、地酒を取り扱うよりも中央値の商品を取り扱った方が売り上げが高いのかもしれません。
実態は知りません。
あくまでも憶測です。
やはりわたしのように《知らないもの!知りたい!》という意識は少数派みたいですね。
他には『地酒と一口に言っても一銘柄でも色々な種類があることから、場所を取って店舗の運用?に "小さいけれど確かに有る、少なくはない占領" という影響を与える』ので、その影響がある場合とない場合とで天秤にかけた結論が、"中央値の商品を取り扱う" ということなのかも知れません。
もちろん真意は知りません。
あとアルコールという成分自体〈摂取できる人 / できない人〉が明確に別れるので「一部のアルコール摂取癖のある派閥に配慮してまで店の場所を必要以上に費やしたくない」という店主さんの考えもあるのかもしれません。
ですが居酒屋という場所は酒呑みしか行きやしないだろ。
それとか、店主さん自身がそんなにアルコールが好きではない(興味がない)?
それか、もしかしたら『地酒というもの自体が觀光客に向けたもの』なのかもしれません。
げ。
あれですよ「その土地の銘菓ほど現地の人は食べない」みたいな感じです。
げ。
伊予人間であるわたしも、坊ちゃん団子や一六タルトは滅多に食べませんでしたからね(しかし母恵夢(ぽえむ)は結構ことあるごとに食べていました)。
もちろん家庭によっての差だとかもあるとは思いますけどね。母恵夢に関しては祖母宅がある市内に工場があったりしたのも関係しているのだろうし。
ですが、おみかん(柑橘類)は愛媛県民全員好きです。
日本人がお米で育って、食事の時に「いただきます」と「ごちそうさまでした」を意識するのと同じ具合に伊予人間はおみかんが好きです。
ただこの推理については〈地酒という広告的な表現〉をすることによって觀光客向けの商売になる、ということの可能性も大いにあります(もともとは地元民だけで娯しむものだったけど、広告の仕方で觀光客向けになるということ)。
ちなみに(これは個人の価値觀領域だと思いますが)、バーという酒場については中央値的なAlc.で問題ありません。
バーという形態の酒場に関しては『知らん人と出会ってお話しする場』だと認識しているので、別にビーフィーターのジンでも氣になりません
流石にあまりに安くて混ぜ物の味がするAlc.はNo Thank Youですけど。あと単純にガンサーバーのトニックウォーターは基本的にトニック感が無いのでNo Thank You.
これらから導かれますは「用途・目的によって求めるものが違う」という推察ですが、ということはわたしが足を運んだ酒場側が求めるものと、わたし自身が求めるものとが食い違っていただけなのかも知れません。
確かに(?)現地人類が行く酒場であれば地域性なんて不必要でしかありません。だって住んでいるのですから。
地酒を飲みたければ地元の酒屋さんに行けばいいだけですものね。
わざわざ酒場に行くような人種は基本的に寂しがりやばかりなので、利用する主題が「他の客と話すこと」や「酔うこと」「自分以外が作った料理を食べること」であれば、中央値のAlc.で事足りるのです。
夜空が綺麗でした。
二日目・石見銀山

宿にて一睡し朝。
出雲旅の二日目は石見銀山です。
ずっと行ってみたかったのですね〜〜。
至石見銀山
電車に揺られ最寄駅

そこからバスに揺られて到着。

素晴らしい場所ですね。
山の中です。
若干、母方の祖母宅がある場所を想起いたしました。
わたしは神社さんが好きですので、降車場所近くにある城上神社さんに参拝いたしました。


こちらは日光東照宮にある鳴き龍さんと同じものみたいですね。
十時くらいにお参りしたのですが、前日の雨模様と打って変わって快晴でお空の蒼色も深くとても心地の良い日でした。
バスの停留所から自転車を借りて山を登るのですが、地域猫さんが多くいる感じや自転車を借りる感じなど、高千穂に似た雰囲氣を覺えました。



意図的に電動自転車を避けたのでヒーヒーのフーフーになりながら、間歩(まぶ)という銀を採掘していた穴に。
唯一入れる龍源寺間歩という所以外にも何箇所も間歩がございまして、銀山として盛えていたことを実感いたしました。
ということで龍源寺間歩の中へ。

場所は山ということで濾過された水がぽたりぽたりと滴り、幾度も脳天を濡らす洞窟内。
〈天然の冷房〉と表現されるだけあって確かにかなり涼しかったです。
ひんやりと涼しいことと、冬の早朝のような湿度も相まってなんだか神社さんに参拝したような印象になりました。
龍源寺間歩内にも細く枝分かれするかのように間歩が広がっており、銀が採掘された時分は本当に採れて榮えたのだろうなあと思いましたし、各地から労働力として人手がやってきたのだろうと想いを馳せたりしました。
間歩は坂を下るように奥まで行くと、左に曲がって坂を登るように出口へと向かうのですが、この坂、出雲大社さんの昔の階段のこともあるので何か意図した距離などがあったりするのか?と想いましたが、考えすぎでしょう。きっと。

龍源寺間歩の遊歩を終え、道中に建っていた神社さんを参拝したり風景を娯しんだりして下山。



この時の風景が本当にとても素晴らしかったです( ¨̮ )
何度「素晴らしい〜!」との感想を口にしたでしょうか。

映像撮りながら降りたかった
高千穂の水の綺麗さとともに、老後思い出す風景の一つになるのだろうと思います。
山ってのは本当に素晴らしいです( ¨̮ )
実は前日の四軒目酒場バーでは現地人のマスターさんに「石見か…何もないよ」と言われていました。
確かに何もないはその通りなのですが、『普段は都市生活をする人間であること』と『元来自然が好きな人間であること』により素晴らしい場所でした。
この石見銀山のある大森という町ですが、やっぱり宮崎県の高千穂町を思い出しますね。
町全体が大きな御神輿を担いでいる感覺というのでしょうか、それを感じます(その感覺の最たる場所が京都であり、その感覺の本質は【愛國心】です。愛國心はあるか)。
この感覺は一日目の出雲市にもありましたが、石見の方はもっとのほほんとのどかでしたね(そういえば前日の酒場にて石見の方は人がおおらか、出雲は若干排他的と聞いたのですが、それが関係しているのかもしれません)。
ところで一日目の出雲大社さんでもそうだったのですが、紋黄蝶さんをよく目にしました。
そんなこんなしているとよい時間だったので、好い雰囲氣のお店でお昼ご飯にハヤシライスをいただいたり、ドイツパン屋さんでクロワッサンをいただいたらしましたとさ(普段は一日一食生活をしておりますが、記念的(?)な日だったりすると二食になります)。

帰途の時間的な兼ね合いもあったので昼下がりには石見銀山を後にしましたが、正直もっと居たかったです。

自然に、心地よい陽射しに精神を預けたかったのもありますが、何よりも時の流れがゆったりと流れている場所でしたからね。
わたしの故郷である伊予の國も時がゆったりと流れる土地ですが、伊予よりもゆったりと時が流れていた様に感じます。
あと合法猫お触りカッフェもあったし。
石見銀山は山の中にあるので最寄駅までは路線バスで移動するのですが、やはりわたしは色々な土地を移動したり車窓からの景色を觀て生きていきたいなと思いました。
島根県も愛媛県も田舎ですし、田舎はどこも似通っていくもののようですが(これもある意味では中央値化?)、やっぱりどこか違ったりするものですからね。
石見銀山最寄り駅の大田市駅から出雲市駅に移動する時、路線は海沿いを通るのですが、浜に打ち寄せる波すら膝くらいまで高さがあるように見え、「日本海、、波高くね・・・?」と思いました。
愛媛は瀬戸内海に面しており『瀬戸内海は穏やか』とは以前より耳にしていましたが「こういうことか…」と実感いたしました。
あと、ここらで大田市駅の時刻表をご覧ください。

比較として愛媛の時刻表を貼りたいのですが、ありません。
ご愛嬌として許してください。
ぺこちゃん。
じゃんぴょんうさちゃん。
〈田舎あるあるシリーズ〉
"一時間当たりの本数が圧倒的に少ない" というのはそうなのですが、わたしが「あれ?」と思った所は『一時間に一本とかじゃないんだ』でした。
どちらが盛えているとかではなく、愛媛では各駅停車の電車でも一時間に一本は走っていたので他の土地でもそうだろうと思っていたって感じです。
しかし考えてみれば、一般的に通勤通學時は朝と夕方なので日中の本数が少なくなるのは当然でございます。
ですが愛媛は一時間に一本は鈍行列車が流れていた。
この理由を考えた時に、きっとお遍路さんが関係しているんだろうとの推察が生まれました。
西へ東へ。
探し物は何ですか?傘ですか?
そしてこれまた驚きだったのが車内ですね。
愛媛だと窓を開けられたのですが、島根のJRは開けられず、窓に沿って空調がついていました。
日本海は寒さが厳しいと聞きますからね。
その厳しさ、また経験したい。
と、そんなこんなで出雲市駅についた後はお土産などを購入し、帰途です。

自宅のある都市に戻ってきて、まず思ったのは「うるせ〜〜〜〜」でした。
そりゃあ人の量からして多いんだから当然ではあるのですが、一日目の出雲はとても静かでお空のお星様も綺麗でした。
出雲・石見たのしい旅 ~島根たのしいたのしい旅行記~
さて、という感じの出雲・石見たのしいたのしいですね旅だったのですが、本当に好きな町になりました。
また必ず行きます。
今回の旅で「やっぱり『せっかくだし〜〜しよう』というような《せっかくだから》という考え方?捉え方?はとても重要で、ともすれば結果的に人生を大きく変えることもあるのだろうな」と強く思いました。
せっかく日本海に来たのだし、苦手な貝類も食べてみよう。新鮮なものは確かにおいしいかもしれない。
せっかくの旅だし、普段ならしないことでもやってみよう。
みたいな。
そしてなんだかこの旅に行った後はなんだか氣持ちが切り替わったというか、晴れやかな氣分になったような感じがいたします。
わたしはスピリチュアルや占い的なものが好きです。
属性なるものがあるそうで、わたしは地属性。
そしてこの度参りました出雲大社さんと石見銀山さんも同じ地属性らしく、同じ属性は相性が良いらしいのですが、だからかな〜ともエンタメ的に思います。
正直そういったものは旅行会社さんと広告代理店さんが作ったものなのだろうとは思いますが(もちろん古来からあるものの可能性もある)、事実わたしは出雲大社さんと石見銀山さんに行ったことで浮き浮きとした力強い力を得て、氣分が晴れやかになったわけです(肉体的な強張りも無くなったし)。
結局のところ自分を動かしているのは自分の氣持ちでしかありませんので、たとえ広告代理店由来的なきっかけであっても、自分が良いと感じたら良いのでしょう(感情は宝ですからね)。
出雲大社さんと石見銀山さんに行ったことで、氣分の切り替えが起こったかのように氣持ちが晴れたのは事実なのですし。
兎にも角にも、わたしが伝えたいのは出雲大社さんはよい所でしたということです。
石見銀山さんも初夏に行ってみたいなと思います。
実は龍源寺間歩の中を歩いている時も「すげー!!!!」と湧く湧く浮き浮きとしていたのですよ。
島根、出雲、石見、必ずまた行きます。
ということで、来月行くことになりました。
なんでかなあ?
わたしとしては『とは言っても年単位』だと思っていたんですけどね。
なんでやろか???
まあお呼ばれされちゃったんだから仕方がありませんね。
先輩から呼び出しかかっているのですからね。
今度は日帰り、太陰暦の十月一日に参ります。
上の宮さんにも行くぞ〜!
あ!紅葉の時期じゃん!
ちなみに地属性は風属性とも相性が良いらしいのですが、風属性の神社さんである伏見稲荷大社さんに初めて参拝した際には化かされましたので、やっぱり眉唾な感はあります。
ですが、稲荷のお狐さんはとっても純粋にお化かしになられるそうなので彼ら彼女らなりの挨拶?愛嬌?なのかもしれません。
それと九月に高野山へ行った際にお稲荷さん系の神社さんにお参りした際、立ち去ろうとしたら手を振られたので、お狐さんは氣まぐれだなあなんて一介の小市民は思います。
~番外編~ 三日目の蟹
都会に戻り翌日。
出雲土産を渡したりするためにいつもの友人と酒場に行って蟹を食べました。




わし「蟹みたいやな」
もんじゃにお納豆を入れると、それは納豆もんじゃになります。
ありがとうございました( ¨̮ )
良い人生を( ¨̮ )


