頭の中の洪水

観察と思考と分析の日記ですよってね。たまに思想家が顔出します。よってね。

どーっちどっち

 

歳を取れば取るほど親がごく普通の、謂わばつまらないよくいる臆病で一般的な人間だと、ある意味合いでは幻滅を感じるわけですが。

 

そもそもとして『異端』だと思っていたのは、親が実際にそういった行動を取っていたからなのか、はたまたわたし自身が『異端』を氣取りたいがために投影した身勝手なのか。

 

しかし「異端を氣取ろうとしている」時点で自分自身も凡庸な一般的だと炙り出される次第で、その分け隔てのなさに柔らかい苦笑いの存在が顔を出すわけです。