本日もご訪問ありがとうございます。
嬉しいけどだいぶ供給過多であっぷあっぷっぷ
恋って創作をする者(わたしの場合は音樂)にとって、とてもネタを提供してくれるものです。
しかし、ちょっと提供してくれるネタが多すぎる。
あれ食べろこれ食べろと善意でものをくれる祖父母のようである。
しかも提供してくれるネタの数々がきらきら光る上物ときている。
困る。
嬉しい悲鳴でございます。
嬉しい。けど苦しい。
恋慕の病で苦しいのとは違う類の苦しさです。
音樂で野垂れ死ぬまで続けると覺悟が決まっているので別に嫌ではないのですが、ちょっと脳みそが騒がしすぎる。
ちょっと〜。
しかしですが、それだけ奔流のようにネタが出てくるということは謂わば依頼されているのだろうと都合良く解釈し、わたしは創作を続けます。
ただ、目下のところ、目の上のたん瘤のような困りごととしては、作曲ソフトがご老体のために割と無理をさせているというところです。
PC新調するしかないかなぁ。
荒御魂もわたし、っつーことで。
我は我々、神じゃないですか。
我も其方もです。
我も其方も太陽神ですが、肉体があるっつうもんで時期などで氣分の浮き沈みもあったりします。
岩戸隠れをしちまったりすることもありますし、我もございました。
今現在岩戸にお隠れなさっている神もいらっしゃるでしょう。
そんな時には我や我々が天鈿女になってにこにこ踊っていりゃあ、岩戸に隠れた太陽も自然と羽織を脱ぐんじゃねえですかね。
「大人」とは関係ないですが、『チルドレン』の陣内曰くです。
「大人がかっこよかったら子どもはぐれねえんだよ」ですね。
神は我ですがいろんな神我イエーって感じです。
荒御魂イエー٩( ᐛ )و
途方もねえ〜
最近、正しいことであっても必ずしも正しいとは限らないのだな、と思いました。
具体的な喩えでいうなら『言葉の誤用を指摘したことで場の空氣が悪くなったり関係性が壊れる』みたいなことです。
もちろんこれは喩えですので、絶対にそうとはいいません。
しかしありえます。
先日も久しぶりにお話しした方が「承認欲求」を「認証欲求」と言い間違えられておりましたが、氣になりながらも指摘はしませんでした。
その理由は「別に認証欲求って言ってても承認欲求のことを言いたいってわかるからなあ」です。
もちろん誤用ではあるので「それ、承認欲求すね」と指摘した方が正しいのですが、その場においては誤用を正すことって必ずしも正しいことではないです。
だって酒場の会話なんて樂しい場なんだから、わざわざぎすぎすさせる理由なんてないし。
今回わたしがこれを思ったきっかけは上記ではない他の理由なのですが、基本的に自分が「正しい!」と思っていることって、たとえ本当にそれが正しいことであっても、エゴ由来なんでしょうね。
結局は『自分という個人が満足できない』という浅ましく卑しい自己愛です。
自己愛はほどほどに持っていても良いですが、それを相手様や環境に押し付けるのはちがうよなー、とはこの度思いました。
とさ。
わたしは未熟でしたが、三十三の年、アッ、、、還暦の半周と半歩になる年、ハーフ還暦足す百まで継続されちゃう魂の年に未熟さを自覺できてよかったです。
自覺するのに確かに時間はかかりましたが、未熟さを自覺できたのは大変な収穫です。
ア、でも絶対に譲れない《正しさ》は大事にしないといけませんね。
絶対に戰爭はしちゃだめとか。
確かに正しさや正義は尺度であったり觀測する場所・地点で変わりますが、戰爭はだめです。
まだまだ解脱なんてできない未熟者な我。
未熟者なりにできるだけ成長して生きて生きましょーね。
完成ではない歌詞
今回わたしは恋をしましたが、恋をしたきっかけで書けた歌詞(完成ではない)を置きます。
しかし歌詞書きって本当に難しくて、終わりがない。
というよりも、完成!と満足できない。
それは完成!と一旦思ってもすぐさま成長というものをしているからなのでしょうか。
成長するのは未熟者である証拠ですね( ¨̮ )
冬の空
冬の空を泳ぐ蝶々
繋ぎ止めて 夢を求めて
抱えた花束はもう
とうに萎れて
椿は十の華を枝へ咲かせた
空に昇る風船を見て憂う少女
どちらにだろう
なぜか羨んでいた
足を止めて結び直す
おまじないをかけるように
小石が入っちゃったみたい
歩きづらいな
結んだ紐
解き方がわからない
雲ひとつない真昼のもとで影踏み
美しいね 夜の来ない世界は
幻を追って
幽かな光に当てられて知った
影も彩もない
冬の空を見上げ
あの日のこと思う
きっと、やっと、大人になれたのだろう
二度と同じ道を歩くことはないけど
それでいいの
結び目、そっとほどける
過去の曲
なんだったんすかね?
先週金曜日、二十日の二十時から二時間だけアクセス数が爆伸びしたんですけど、あれなんだったんですかね。
なんか有名な配信者さんがわたしの記事の何かをご紹介くださったのか、わたしのブログの熱狂的なファンの方が「はよ記事だせ」の意味を込めてアクセスをしてくださったのか。
前者なら有難い次第で頭が下がるばかりです。
後者なら有難い次第で頭が下がるばかりなのですが、恐れ入りますあなた様の人生を有意義に使ってくださいね。
さすがに三分ごとに三百とかアクセス数が増えていくのは、何事かと思ってビビっちゃいます(最終的に二千アクセス近くになりました)。
とはいえ大変嬉しいです。
ありがとうございました( ¨̮ )
春なんでお花が可愛い季節になって、我は大変嬉しいです( ¨̮ )
ありがとうございました( ¨̮ )