頭の中の洪水

観察と思考と分析の日記ですよってね。たまに思想家が顔出します。よってね。

樂器演奏は求道っすよ、マジで。

 

本日もご訪問ありがとうございます。

 

今日は眉唾なお話を一つ。

 

まずはこちらの動画をご覧ください。


www.youtube.com

 

最近『ダンダダン』にも登場された都市ボーイズのお二人の動画です。

 

この動画にて『プロの樂器演奏者は氣を使っている』というお話がされております(7:10~)。

 

これですね、樂器をある程度本氣で真面目に練習してきた方ならわかると思いますが、あながち的外れでもないように思うんですよね。

 

以前にも書きましたが、樂器演奏というのはさながら求道です。

 

わたしはギターを嗜みます。

思えば人生の半分以上弾いていることになります。

 

自らが求めている演奏をするにはどうアプローチをすればいいのか。

ピッキングをする際のタイミングや強弱、チョーキングをする時に一音上がりきっているか、押弦をした際に余分な力が入って音が不要に#していないか、スタッカートで移動しないといけないのにスライド的な音像になっていないか、ブリッジミュートを行う場合に適切な場所に手が置かれているか、などのことを意識しながら演奏をしています。

基礎練習をおこなっている時なんてまさにそう。

 

 

この行動?意識?って求道とほとんど同じだと思っています。

 

そして、この『自分が求めている音を演奏したい』という意識、その意識を以ってして練習を行うという行動、それをすることが「氣を操るための練習」じゃないのかと、そう思うんですね。

 

 

そして、これは何も樂器に限ったことではないと感じています。

スポーツなどでの選手にも当てはまる。

というよりも『何か一つのことを超本氣で突き詰めようとしている方』は当てはまると思います。

 

面白いもので『一つのことを突き詰める』と、結果的に他のものも付随してくるんですよね。

平均教育を否定したいわけではないですが、どうしても一長一短というより、短の方が結果的に多いんじゃないのか、と思いますね。

 

 

 

皆様も一つのことを突き詰めて見てはいかがでしょうか。

 

 

 

ありがとうございました( ¨̮ )