頭の中の洪水

言葉に頼っているうちなのでまだまだです。

ポテトサラダ

 

ポテトサラダが来た。

若い従業員が持って来たそれは、わたしの目の前に置かれている。

 

ポテトサラダ。蒸かしたじゃがいもを細かく潰し、塩もみしたきゅうりや茹でた人参、ハムなどと共にマヨネーズで和えた料理。

 

他にもゆで卵を入れたりであるとか、薄く切った玉ねぎを入れるか否かでもちょっとした議論が起きるほど、個人の好みやアレンジが多岐に渡る料理だ。

 

作ってみれば思っていた以上に手間がかかるくせに、主役になることはなく小鉢に盛られて食卓を彩る存在。

 

これはわたしだ。

 

テーブルの上に並べられた他の料理を見渡す。

 

八人掛けのテーブルには、大量の唐揚げとフライドポテトとが共に盛られた皿や、皆が取りやすいように串が外されて一箇所にまとめられた焼き鳥、まだ誰も手をつけていないために頂上に乗った温泉玉子がまだ崩れていないシーザーサラダ、きゅうりの浅漬け、いかの一夜干しなどが置かれている。

 

居酒屋『泰楽』は安価ながら料理もおいしく、メニューが豊富なこともあって人気がある。

 

活気を感じさせつつも、落ち着きを演出する橙色の照明が上品で、大学生の宴会からデートや歓送迎会まで多岐に渡って愛されている店。とメディアで紹介されていた。

 

そう紹介されていただけあり、平日の中日であるのに店内は賑わっていた。

 

わたしが座るテーブルを囲む友人は、各々好きな料理を咀嚼しながら思い思いの話をしている。

 

まだ熱かったのか唐揚げを口に入れた香取が天を仰いでいた。

 

目の前に置かれたポテトサラダに視線を戻す。マスタードの粒が見えた。

 

これはわたしだ。

 

じゃがいもというメインがあった上で、きゅうりや人参、ハムなどの他の食材が混ぜられる。

 

この調理工程はわたしという人間の人格形成の過程と重なるのではないだろうか。

 

しかしそうであれば、他の人間も同じようなものではないか?

 

『いや、違う』わたしは強くそう思った。

 

ポテトサラダというのは主役にはなれない。

名脇役〉と言えば聞こえはいいが、その実は〈賑やかし〉だ。あればいいが無くても困らない。

 

これこそ酒の席におけるわたしの立ち位置と同じだ。

 

唐揚げは、食卓でも、弁当のおかずでも、酒の肴でも、どんな境遇に置かれても主役になれる存在だ。

 

香取はその主役をもろともせず咀嚼していた。思えば、香取はいつもグループの中心となって場を盛り上げている。

そんなことを思ったら、唐揚げが途端に食べにくくなった。

 

「あっ」

 

前の席に座る中居がおもむろにポテトサラダを箸でつまみ、口へ運んだ。

 

「うわっ、これマスタード入ってんじゃん」中居が顔をしかめながら唸る。

 

マスタードが入ってるポテトサラダって認めてないんだよね、俺」ビールを飲んだ後に中居が口を開く。

 

どこか自分をけなされた様な気がして、腹の底に不快感がゆらゆらと立ち上る。

 

「どうしたの?そんなに見つめて」

 

左隣に座る稲垣が不思議そうに話しかけてきた。

 

「えっ?」

 

「ポテトサラダ。来た時からずっと見てるよね」

 

「それは…」うろたえているのを悟られない様に周りを見回すと、テーブルを囲む全員がこちらを見ていた。香取が純粋な目でこちらを見ている。また唐揚げを一つ口に放り込んだ。

 

「…美味しそうだなと思って」下手なはにかみが漏れる。

 

場が笑いに包まれた。

 

「なんだよそれ」木村が言う。

 

「なら食べればいいじゃん」香取がフライドポテトに手を伸ばしながら言う。屈託のない笑顔が眩しい。

 

すでに場はめいめいの話題が飛び交う空間に戻っていた。話が盛り上がっているのか、近くのテーブルから関西弁の会話が聞こえる。

 

「これはワインに合うポテトサラダかな」稲垣が皿に箸を伸ばした。

稲垣が目を閉じてポテトサラダを味わっている。そのままワインを口に流した。

 

俺が俺を食べるのか。

 

体験したことのない緊張感を覚えながら、ポテトサラダの山を崩す。

 

俺はポテトサラダを食らった。