頭の中の洪水

言葉に頼っているうちなのでまだまだです。

単純接触効果

 

「夢に知らない女性が出てきた」

 

「はぁ」同僚のKが返事をする。

 

 今は昼休憩中だったので、Kは口に含んだからあげを咀嚼しながら怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

 

「そんなことはよくあるだろうが。なんだ?容姿が好みだったのか?」

 

「そういうわけではないけど、やたらと美人だったな。なにかのタレントみたいだった」

 

「あぁ、それはあれだろ。夢に出てきた知らない女性と偶然ばったり出会って、そのまま恋に落ちちゃうやつだ」にやつきながらKが言う。口の端に米粒が付いているのが見えた。

 

 そんな簡単なものじゃないだろ、とわたしは口にしたが、Kはもうそんな話題には興味をなくしたのか目の前の食事に夢中になっていた。

 

「そんなことより午後一の営業の準備は済んでるのかよ。メシから帰ってきた課長にゆっくりしてる所でも見られたらまた怒鳴られるぞ。あの人せっかちなんだから」Kは最後のからあげを箸で突き刺して口に運び、箸でわたしを指した。

 

 いちいち行儀が悪いと思った。

 

 Kに促されたわけでもないが、時計を見れば確かに課長が帰ってくる時間はもうすぐと迫っていた。

 

 いつも課長は昼食を外へ食べに出ているが、帰ってくる時間はなぜか毎回同じだった。

 

 今朝見た夢のことを考えるのはほどほどにして、わたしは午後の業務の流れを考えた。

 

 Kがげっぷをする音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 わたしは街を歩いていた。次のアポまで時間がある。適当なカフェにでも入って資料の作成をしようと思っていた。

 

 広めに作られた歩道には色々な人がいた。

 

 ポケットティッシュを配っている女性。路上で冊子を売っている男性。わたしと同じく外回りをしていると思しき会社員。ベビーカーを押している母親。

 

「育児には色々な荷物が必要で、かつ、抱っこもしなければいけないから、世のお母さん方はリュック以外の選択肢がなくなるのか」とわたしは思った。『大変だな』とも思ったが、それは当事者ではないからこそ感じる身勝手なお節介だと感じ、自らを諌めた。

 

「新発売!疲れた身体に栄養!もう一息の作業に糖分!」

 

 頭上から声が聞こえた。見上げると頭上に立っているホログラム広告の女性が新発売のチョコレートバーをプロモーションしていた。

 

「あ」声が出た。

 

 どこか見覚えがあると思ったら、今朝夢で見た昼休憩中にKに話した女性だったのだ。夢で見た女性がホログラム広告でプロモーションをしていた。

 

「正夢ってやつか?それともシンクロニシティってやつか?」わたしは思ったが、すぐに打ち消す。知らないうちにメディアや広告に出ていた彼女を見ていたのだろう。

 

 夢というのは、人が起きている間に取り入れた情報を整理している時に見るものらしい。また夢自体には時間軸はなく、起きた時に人が勝手にストーリー性をこじつけるものでもあるらしい。

 

「最近出てきた子かな」近くを歩く学生らしき二人がホログラムの女性を見ながら話している。

 

 

 

 

 

 地下鉄の階段を上がった人々が各々の家へと帰っていく。この光景を側から見ればさながら『ところてん突き』みたいなのだろうといつも思う。違うのは最初は塊かどうかだろう。

 

 わたしもところてんの一つを自覚しながら家路を歩く。

 

 今日の夕食を購入するためにコンビニエンスストアへ入った。来店を迎える店員の声が聞こえる。

 

「今日Kが食べていたのはこれか」陳列された弁当を見て思った。大きめの唐揚げが五個も入っている。

 

 弁当に手を伸ばそうとした時にKのげっぷが聞こえた気がした。

 

 伸ばしかけていた手を引っ込め、弁当コーナーを後にした。夕食はインスタント食にしよう。

 

「お願いします」インスタント麺とスナック菓子、缶ビールを入れた籠をレジ台に置く。店員が無言で会計を始めた。

 

 財布を取り出そうとした時にあるものが目に付いた。

 

 昼間に街で見た新発売のチョコレートバーがレジの横に陳列されていた。見れば、ミルク・ナッツ・キャラメルの三種類のフレーバーがあるらしい。「ビターはないんだ」と思った。

 

 なんとなくミルクを手に取り眺める。

 

「これもお願いします」レジにチョコレートバーを置く。

 

 店員が手を止めてこちらを伺う。やはり新商品ということで売れているのだろうか。

 

 会計を済ませ商品を受け取った。チョコレートバーはどんな味なのだろう。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「おはよう。しかしいつまで挨拶は『おはようございます』固定なんだろうな」

 

「まだ言ってるんですか。いったい何回目ですか」

 

「だってあと数分で日付が変わるんだぜ。『おはよう』の時間じゃねえだろ」

 

「みんなそんなこと考えず便宜でやってるんですから。先輩みたいなテツガクはほとんどの人は興味ないんですよ」

 

「そうなのかぁ。納得いかないな」

 

「だいたい人によって起きた時間が『おはよう』ですからね。それよりも今日も昨日と同じですか」

 

「あぁ。昨日はロ区だったから今日はハ区だな」

 

「そういえば今日来る前にコンビニに寄ったんですけど、今日発売だったんですね。案件のチョコレートバー」

 

「そうか。どうだ?売れてたか?」

 

「減ってはいたんで売れてるんじゃないですか?俺たちのおかげですね」

 

「まぁ、かもな。しかし人間なんて単純なものだな。夢で見たものを買っちまうんだから」

 

「いまだに半信半疑な部分はありますけどね。電磁波で人々の夢に特定のものを投影して、潜在意識に植え付けるって。しかも商品そのものじゃなくて広告モデルのタレントでしょ」

 

「でも実際に効果は出てる」

 

「そう。だから不思議なんですよ。まぁ結構昔からあった手法らしいですね。テレビとかいう昔の広告装置で、サブリミナル効果を狙ったやつとか」

 

「あぁ、あれだろ。鳥の名前を冠したカルト宗教」

 

 「そうです。結局人間は成長しないってことですかね」

 

 「なんだっていいよ。今はこれが仕事で、それで食ってる」

 

「なんですか急に。アイヒマンですか?」

 

「時間だ。いいから仕事をしろ」