頭の中の洪水

観察と思考と分析の日記ですよってね。たまに思想家が顔出します。よってね。

慾を出す。慾を現実にする。

 

今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」

 

 

本日もご訪問ありがとうございます。

 

そしてあけましておめでとうございます。

2025年、元日です。

 

昨年もわたしの記事をお読みいただき誠にありがとうございました。

2025年もどうぞご愛顧よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

抱負、ではなく実現させること

さて、今回は珍しく「今年のお題」をもとにした内容です。

 

 

まず、2025年の抱負ですがこれは『慾を出す』です。

【慾】 それは言い換えれば〈希望〉です。

 

昨年師走にふと思ったのですが、どうやらわたしは慾はあってもその慾を表現していませんでした。

 

それは慾を出したらば嫌われたりするのではないか、と思っていたからです。

 

しかしですね、そうやって慾を持っていても出していないと、その抱いた慾自体を知らぬ間に諦める、とそういう構図になっていたのです。

 

この構図、見方を変えてみれば自分自身の心を無下にしている、無視していることと同義なのですね。

 

そりゃあ虚無的にもなります。

 

そしてそういった思考をしていると、慾自体も縮小していくような感じがするのです。

 

もちろんそれでも良いとは思いますが、わたしは、わたし自身はそれは嫌です。

もう我慢するだけなのは限界でございます。

 

これまで抑えていた慾、もとい新しく感じた希望を表現する。

 

それが今年の抱負、というよりも実現することです。

自分で自分をいじめているのって、ムカつくじゃんか。

 

 

抱負、ではなく実現させること ~商魂逞しい編~

もうひとつの2025年から実現していく、その決意なのですが、お金を欲する・商魂を逞しく生きるです。

 

上記しました『慾』はお金儲けのことも指しております。

 

なんというか、これまでは「清貧たれ」と思っていたのですが、それって言ってしまえば強がりなのですよね。

実際にお金はなかったですが、それの言い訳、自己弁明として「清貧たれ」と思っていた。

 

でもさぁ〜〜〜〜、それって自分自身の強がりだって自覺しちゃったら強がり続けるのってきついじゃないですか。

それこそ『自分に嘘を吐いていることを自覺して嘘を吐き続ける』ってことになりますし。

 

自分に嘘を吐いてまで生きたくない。

死んでるみたいに生きたくない。

たとえそれが幼稚と言われようが、そんなことは知らない言わせればいい。

 

つーかこれまで我慢してて世間一般の人の六割程度しか希望を表現してなかったんだし、今、他の人と同じ程度の表現をわたしがして悪いわけがない。

 

それで否定的な意見をしてくる人は《支配しようとしている人》ですよ。

 

ムカつくじゃんか。

 

 

そういうことで商魂を逞しく生きます。

その施策の一つとして記事の有料販売とかもしてみようと考えています。

とはいえ、よっぽどの内容でない限り有料記事にはしませんのでご安心ください。

 

 

 

お金をくれ!

 

 

ゆるゆる目標シリージ

わたしは伊坂幸太郎さんの作品が好きです。

再三言っておりますが、ファンです。

狂信的ではないので、娯しむ方、"FUN" のファンです。

 

一番最初に読んだ作品はおそらく『グラスホッパー』です。

 

最初に読んだのは中學生自分で、数度読み返しております。

お話の内容は覺えておりますが、読み返したい。

 

 

ということで、伊坂幸太郎さんの作品を発表順に読み返していきます。

数年前から全作品を読み返すのは画策しておりましたが、いかんせん作品数が多いので決心がつきませんでした。

ですが年が変わったとあらば、御誂え向きです。

 

2025年1冊目は発表第一作目である『オーデュボンの祈り』ですね。

 

 

『PK』や『SOSの猿』などの初読時には理解できなかった作品も、今読めばどう感じるのか、樂しみです。

 

伊坂幸太郎作品読み返し!と息巻いたものの、別にストイックに伊坂作品だけを魂詰めて読む!というわけではありません。

娯樂はそんな競技みたいにするものではない。

 

都度都度で読みたくなったものを読みながら、数年単位で幽流幽流と読み返していきます。

 

一條次郎さんの『チェレンコフの眠り』やフィリップ・K・ディック氏の『フロリクス8から来た友人』など読みたい積ん読パトリック・ジュースキント氏の『香水』などの再読したい積ん読もありますからね。

 

幽流幽流〜っと娯樂しましょうやね。

 

 

練習練習練習練習

わたしは八十八ヶ所巡礼さんが好きです。

そしてわたしはギターを嗜みます。

 

もうかれこれ自分の半生以上の期間を弾き続けています。

 

八十八ヶ所巡礼さんの曲は好きですが、あのプレイは「コピーしよう!」とわざわざ思うようなものではありません。

理由は簡単、難しすぎるんですよ。

 

the band apartさんのカバー曲『ピルグリム』はギターソロ以外弾けるようになりましたが、他の曲はどうにも難しい(そもそもわたしが通ってきたギター人生がKatzuya Shimizuさんと違うというのもある)。

 

しかし、この年末で『幻魔大祭』をコピーしてみましたら、ある程度は弾けました。

 

ただ難しいです。

 

ムカつきますね。

 

弾けないことでムキになって拗ねようとしている自分自身に。

 

自分自身に対してムカつくので、完コピします。

これは絶対です。

自分に対して勝つために、です。

 

 

実際『どう弾くか』を覺えちゃえば練習次第ですからね。

イントロのフレーズがずっと続くので両手ともすげーしんどいのですが、練習していたら『いかに脱力してピッキングするかが大事か』を自覺したので、のびしろはあります。

のびしろがあるということは、弾けるということです。

 

「弾けない」ということは弾けるようになるまでの前段階ということですよ。

やったろうじゃんよ。

 

とてもしんどいフレーズですが、それが弾けるようになるまでにはとにかく練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習練習を続けるしかないのです。

 

樂器上達には近道はない。

近道があるなら、それは地道に練習をすることです。

一日8時間練習しろ。

 

 

厄落とし成功!

ちなみに大晦日に愛竿を大掃除したのですが、ブリッジサドルを掃除したら一弦のサスティーン(音の伸び)が明らかに悪くなりました。

その原因を探るため、弦を張ったり緩めたりを繰り返していたら一弦が切れました。

 

そらそうや!

厄落とし成功!!

 

サスティーンの伸びが悪いということは、弦振動がうまくギター全体に伝わっていないということです(実際一弦のサドルだけすこし浮いていました)。

そこを改善したら解決はすると思います。

あとは一弦を入手することです。

 

お正月!どこも開いていない!

元日だから仕方ないですね。

なので練習が捗ります。

 

♩=60 でひたすら練習です。

 

 

コォ!

 

ノンAlc.です!

 

non飲んアルコールです!

 

 

 

 

さて、2025年における皆様の決意はなんですか?

 

 

 

ありがとうございました( ¨̮ )

 

改めて、本年もよろしくお願いいたします。