本日もご訪問ありがとうございます。
今回は『電脳はいずれ裏切る』シリーズです。
とはいっても、直接的な内容ではなくて間接的な内容ですね。
去るはお正月、実家に帰省した際に、弟よりお財布の話が持ちかけられました。
「兄よ。兄はどのような銭入れを用いておるのか。長財布であるか」
その問いにわたしは返答します。
「そうだよ。朕は長財布を使っているんだ。そういう君は何を使っているんだい?」
それを聞くと弟は矢庭に自身のお財布を取り出します。
手に乗っていたそれは、小さかった。
いわゆる『小さいふ』と呼称されているものでした。
曰く弟は「最低限のものだけで良いし、支払いは基本的にバーコード決済だから、現金を持ちたくないのじゃ」ということなのだそうです。
世の時勢に疎い生活を自ら望んでしているわたしでも『小さいふ』は存じています。
期間店なども方々で開催されているみたいですしね。
さて、この『小さいふ』
我が弟もそうであったように、キャッシュレス派の方々から強い支持を得ているそう。
昔から三つ折りとかの小さいお財布は生産されていたのだと思われますが、ここ数年でムーブメントになったのは、多くの人々の支払い方法がキャッシュレスに流れたからでしょう。
小さいお財布が流行ったからキャッシュレス決済が流行ったのか、キャッシュレス決済が流行ったから小さいお財布が流行ったのか。
「卵が先か、鶏が先か」なんていう以前にきっと後者なのだと思います。
とはいえ、このムーブメントは自然発生的なのでしょうか。それとも、なのでしょうか。
そんなことはわたしのような一回の一市民には知る由もないところです。
今『小さいお財布』の概要などを見たのですが、これって基本右利き用ですか…?
わたしは生来左利きであり、ギター以外全部左利きの生活をしているので『小さいふ』系のものは使いにくそうだなぁ。
やっぱりわたしには長財布があっているのでしょう。
しかし、こういう右利きによる無自覺なエゴによって、左利きは日々細かいストレスを感じるのである。
しかも無自覺であるがゆえに「ないない 笑 考えすぎでしょ 笑」と言い切れる能天氣さもストレスを感じるポイントですね。
文字が右利き用だと知った時の絶望と虚無感と言ったら…。
ああ無情。
ありがとうございました( ¨̮ )