頭の中の洪水

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鬼滅の刃 遊郭編 第五話『ド派手に行くぜ‼』感想・考察

 

 

 

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今回は「鬼滅の刃 遊郭編」の第五話『ド派手に行くぜ‼』の感想・考察です。

 

👇 第四話の感想👇

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フラット

今回から戰闘シーンが多くなります。

今回特に思ったのですが、やはり鬼滅は異化効果をよく用いていますね。

炭次郎と堕姫ちゃんの戰闘が緊迫して、過熱しますが、その時に熱と緊張感が行き過ぎないよう、蝶屋敷での回想を挿入して、視聴者(読者)の意識をクールダウンするように構成しています。

 

第五話は、宇髄さんが嫁の一人である雛鶴さんを救出・介抱→炭次郎の戰闘→伊之助パートへと物語が構成されていますが、炭次郎の戰闘が始まってから四分半で蝶屋敷の回想に入ります。

その回想が一分ほどあった後に、緊迫した炭次郎の決起が一分あり、CM、伊之助のパートへ繋がります。

炭次郎の戰闘パートだけでも、意識の緊張と弛緩が交互に配置されています。

この緩急があるから、飽きたりダレたりすることなく見れるのではないのではないかと感じます。

サウナと水風呂とを交互に入る、みたいな感じですね。

 

他にも、伊之助がみみず帯(なるほどいい表現!)との戰闘でちょっと劣勢?になるシーンがありますが、伊之助が圧されている時に、帯から解放されたすまちゃんとまきをさんが加勢をします。

一般的な少年漫画ならそのまま格好良く戰闘して一件落着、となりますが、『鬼滅の刃』はすまちゃんが女性版善逸とでも言えるようなヘタレっぷり(かわいい)なので、まきをさんに叱られます。その様がクスッと笑える。そのために異化効果が生まれて緩急になっている。

 

まきをさんが善逸に対して「あの子も鬼殺隊?ならなんであんな頓珍漢な格好してるの!」と至極まっとうな疑問を口にします。

その疑問に対してすまちゃんが「わかんないです!」と言うのも、緊迫した戰闘を長く続けることによって読者(視聴者)に生まれ感じるハラハラした感情を、過剰に感じさせず、激化させないための工夫、手法なのでしょう。

 

 

教育からの解放

まきをさんが「昔はこんなんじゃなかったんだけどな(もっと生きたいと思うこと?)」と邂逅します。

『忍びの教育をされたから自らの命を賭すのは当然だと思っていた』と思い出しますが、宇髄さんが「まず自分の命優先で、命の危険を感じたらさっさと逃げろよ」と嫁の三人に話します。

それが意外だった、とまきをさんは思いますが、これも『それが是とされた教育(染脳)からの解放』を指しているのではないかと感じました。

 

意外だったのは、その話をしている宇髄さんが「俺たちは鬼殺隊だから」と言っていることです。

わたしは宇髄さんが居た、忍びと、鬼殺隊とは別個のものだと思っていたためです。

 

なので『鬼殺隊の別働隊としての忍び部隊?』と思いましたが、OPと挿入されている宇髄さんの過去?の後のエピソードなのかもしれません。

鬼殺隊とは関係のない忍びの里で育った→鬼に仲間を殺されたきっかけで鬼殺隊入隊→入隊後に嫁三人に派手に話す。という順番だったのでしょうか?

 

氣になったのは、宇髄さんのピアスが過去と今とで違うことです。

今のピアスは両の耳たぶに二つづつですが、昔は左耳に二つだけです。

両耳になったことの理由も、のちに説明されるのでしょうか?

 

 

炭次郎は陰陽師

何度となく『不死というのは、死んでいるのと同じ』と書きました。

これで思ったのですが、鬼というのは「幽霊だとも言える」のではないのでしょうか?

『過去の思い出に囚われている=成仏できていない魂と残留思念』という意味合いです。

 

そういった残留思念たる幽霊を、思い出から解放して成仏させてあげるのが炭次郎(鬼殺隊)たちである。

つまり炭次郎たちは陰陽師というわけですね( ¨̮ )

 

こんなこと皆さん既にご存知のことだとは思いますけどね( ¨̮ )

 

 

ありがとうございました( ¨̮ )

 

 

 

👇👇第六話👇👇

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