頭の中の洪水

言葉に頼っているうちなのでまだまだです。

本当にそうかもしれない

 

本日もご訪問ありがとうございます。

 

前回は苦手を覺えている牡蠣に対しての決意を表明しました。(?)

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美容師の方の牡蠣プレゼンを聞いているときに、実はこんなことを言われていました。

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「牡蠣の美味しさを知らないのは、本当に人生の半分損しているレベルですよ」

 

 

よく使われる慣用句です。

言われた直後は「でたよ」と思っていました。その言葉に対しての否定的な意見が、メタンガスよろしくぽこぽこと頭に浮かんだのですが、『"今、その言葉を聞いた意味"はなんなのだろう』と考えました。

 

確かに、今以上に了見の狭かった過去の自分の場合は「牡蠣が食べれるかどうかで人生の価値を判断されたくない。むしろその程度のことで人生を見ている方が損なんじゃねえの。視野狭いよ」な〜んて思っていました。

 

正直なところ、今回もそう思いそうになりました。

 

しかし、わたしは考えた。

 

そして導いた答えがこちらです。

 

 

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何に対して「損と言っているか」とは『苦手を苦手のままで、克服しようとしない姿勢のこと』を言っているのではないでしょうか。

 

わたしは、今の今まで牡蠣が苦手でした。いや、克服行動をまだ実行していないので、今も苦手のままです。

何度かは挑戦しましたが、それも牡蠣の味をあまり感じない様な食べ方をしていました。まずそれ以上に避けていました。

 

 

『苦手を克服する』という、その姿勢があるのとないのとでは、ヒトは、身のこなしと、意識と、行動の一切が変わります。

 

「苦手だけど、克服ができるかもしれない。挑戦しよう」や、「『以前は苦手と思っていたものを今体験したらどうってことなかった』そういった経験が前にもあったから、今回も克服できるかもしれない」というのと、「苦手だからやめておこう」というのとでは、雲泥の差があります。

 

前者後者の意識をそれぞれで持った人が、そのまま成長した場合、その人たちの経験差はどのようなものになるのでしょう。

 

それこそ、本当に『人生の半分』ほどの差になり得るのではないでしょうか。

 

そういった思いを持って、美容師の方は口にしたのではないでしょうか。(絶っっ対にありえないです)

 

 

とはいえ、そういった未来視点が含まれるからこそ、この言葉は多様されるのではないか。

つまり『〇〇の良さがわからないなんて、人生の半分損しているよ』という人は、全員、上記の未来視点を持っているから発言しているのでしょう。(絶っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ対に違う)

 

 

「牡蠣のお話」で思わぬ副産物を得たお話でした。

 

海老で鯛を釣る。

この例えは違う。

 

 

 

くれぐれも『アレルギーを持っているもの』への苦手を克服しましょうね、と申しているわけではありませんのでご理解ください。

アレルギーなどの『摂取すると不調を覺えるもの』は積極的に避けていきましょう。

 

そばアレルギーの方に『アレルギーなんて甘えだ!氣合いでなんとかなる!!』なんて言って、食べることを強要することなんて、下手すれば本当に「自殺しろ」と言っているようなものですからね。

 

あくまで、『喰わず嫌いや好き嫌いの範囲』のお話です。

 

 

 

 

ありがとうございました( ¨̮ )