本日もご訪問ありがとうございます。
先日『もっと見られる内容を書かねば』というような内容の記事を書きました。
〈もっと見られるもの〉と息巻いたは良いものの、かなりふんわりとしていたので「どうすればもっと見られるのか」とかは脳みそが理解しておりませんでした。
正直なところ「どうしたらいい〜んかなぁ〜」とすらも考えていなかったのですが、この度その方法について理解できたような氣がします。
あくまでも『そんな氣がする』ですけどね。
そもそも、わたしって人間は大衆受けをするような人間性じゃあありません。
そんな人間から出力される言葉や内容や脳の内洋ってのは、一般的な方にとってはとても濃いが故に「ハァー?何言ってか茎わかめ」と言われてしまうでしょう。
でも、それで良くね?
そもそもが一般受けなんて出来やしねえんだ。
そもそも一般受けをしたいとも思っていない。
そんな『どうやら変人に分類されるようなわたし』ですが、そのような人間の思考を面白がってくださっている方々が確かにいらっしゃるわけという訳で、それならば面白がってくださっているような思考を深化させて描き連ねればいいんじゃん。
それで良くね??
ということです。
と、いうことで、これからは心にあるより深いところのことを書いたりしようかな、と考えています。
これまでだと「これは〜書くの辞めとこうかな…?」とか考えていた内容だとかをある程度出したりだとか。
ということはしっかりと理性で管理しているということになるんですけどね。
あくまでも氣が向いた時に。
『差別と区別の違い』とか。
ほら、これからは本音の時代だとかって言いますしね。
別にわたしとしては世相や動向に対しての意見をどうこう言いたいとかってのは全然ないし、それを求められているとも思ってはいませんが、結局『自分以外の人間の価値観に触れる』ってのは娯樂ですからね。
であれば「この本を読んでこのように感じ考えました。ここが興味深かったです」と発信するだけでいいんじゃねえの、と考えます。
昨今のYouTuberさんが流行っているってのも『自分以外の人間の価値観に触れる』ことが根底にあるからじゃないのかっても思います。
あとわたし自身が〈しっかと個人の意見を持っている人〉の話に興味を持つ人間なので(安部公房さんとかいいですよね)、自分が興味を持っていることをそのまま自分もやってみるんでよいんじゃね?と思いました。
わたしの考えを面白がっていただけるか否かは、あなた様の感度にお任せいたします。
ところでわたしがこのブログで書いていることとかって、小説とかに落とし込む方が向いているのかもしれない。と思ったりする今日この頃。
最近のできごと。
一週間以内のつい前日、お花屋さんでお花を買いました。
皐月といえば芍藥です。
季節のお花なのもありますし、芍藥というお花のことはわたし好きなので、飾るようにしております。
お花を購入する際、店員さんと精算カウンターを挟んで会計をしていたわけなのですが、商品を受け取る際に店員さんがカウンターから出てきて手渡しをされたのですね。
その行動を見ながら「あらあもう、そんなことしなくていいのに」とわたしは思ったのですが(カウンター越しに受け渡すこともできたし、同店舗でそうされたこともある)、『やっていただいたこと』には変わりないのであるし、少なくともその店員さんとしてはそうしたかったのだろうから、その想いは素直に有り難く受け入れることができた方がよいよな、と考えました。
わたしは脳みそで考えすぎているな。
ちなみにその時に購入した芍藥さんがこちらです。

黄桃みたいな色をしている芍藥さんって初めて見たので新鮮な氣持ちでしたね。
芍藥さんって大抵桃色や白桃みたいな色をされていますからね。
おしべめしべのところ?もダリアっぽいですよね。
種類が違うのかしらね。
ありがとうございました( ¨̮ )